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学会通信(過去の学会通信

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ニューズレターNo.120から

日本オセアニア学会創立40周年記念公開シンポジウム開催のお知らせ

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第35回 日本オセアニア学会研究大会・総会のお知らせ

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2017年度 日本オセアニア学会関西地区研究例会の報告

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【新刊紹介】

秋道智彌『魚と人の文明論』(臨川書店、2017年12月)
魚と人間とのかかわりから文明を論じる視点はこれまでなかった。文明論にはいくつもの学派や仮説がある。オセアニアは海の世界であり、海洋を含めた文明論があってもよかったが、島嶼世界でも陸地における研究が主流であった。海や魚を主題とする漁撈や航海術、海の神話などの研究があるとしても文明が論じられることはなかった。もっとも、日本では川勝平太の『文明の海洋史観』(1997)やフランスのアナール派の研究者であるF.ブローデルの『地中海』(2004)の研究がある。
本書は社会史、経済史ではなく、人類学の視点から魚と人間の関係性に注目して文明論を提唱したもので、以下のような構成になっている。
  • 序章 魚と人を語る―文明論の視点
  • 第1章 自然と象徴―魚類分類の多様性
  • 第2章 うま味と料理―魚食の文明論
  • 第3章 魚食のタブー論―大宗教から菜食主義まで
  • 第4章 有毒魚と有用魚―非食用の博物誌
  • 第5章 魚の王と王の魚―巨大魚と権威
  • 第6章 半魚人の世界―魚と神話
  • 第7章 魚と世界観―霊魂と身体
  • 終章 魚と人の文明論―統合知の地平
本書の章立てを見ると、魚類の分類学、魚食、規範としての魚食のタブー論、魚の有毒・有用性、王権と魚・魚の王、神話的な存在としての半魚人、霊魂と身体性をつなぐ世界観に至るまでが扱われ、統合知を構築する配慮がなされている。研究の視野の広がりからすると、自然と文化、物質性と精神性にまたがる諸課題を取り上げ、人類学から文明論を構築する枠組みが提示されている。
オセアニアは海の世界であると述べたが、本書では海水魚と人間とのかかわりのみならず、世界中の淡水魚にも目を向け、古代エジプト(ナイル川)、メソポタミア(ティグリス・ユーフラテス川)から、東南アジアのメコン川、ガンジス川、南米のアマゾン川、北米のミシシッピー川、日本の諸河川などに生息する淡水魚をも取り上げている。しかも、歴史と時代、地域を超えた問題に広く言及されている。海水魚、淡水魚の枠を超えて考察がなされている独自性を垣間見ることができる。
第6章の半魚人は架空の存在でありながら、それぞれの地域や社会における人びとの神話的な想像力の考察に有用な情報を提供している。人魚伝説や両義的な存在のもつ意味についての世界史的な考察は、幻想動物を生みだしてきた人間の知の在りようを考える重要な視座を提起している。オセアニア世界だけでなく、古代中国、古代エジプト、メソポタミア、インド、中世ヨーロッパ、古代から近世期の日本における半魚人の比較は、時代や地域を超えた汎世界的な広がりを知る楽しみを与えてくれる。
本書では、文明論を従来の経済史・制度史・政治史・生態史などの視点から取り上げたG.チャイルド、A.トインビー、C.クラックホーン、O.シュペングラー、S.P.ハンチントン、梅棹忠夫らとは異なり、魚と人の関係性に着目して考察したものである。海の領有、交易、海軍、交通などについての考察には多くの紙面をさいているわけではなく、文明論という書名から当てが外れたと考える読者がいるかもしれない。
しかし、ニシン、タラ、フカひれ、ナマコなどの交易について、世界史的な観点から論じられており、その背景にキリスト教世界における断食と魚の需要増加、中国における海鮮料理の趨勢、新大陸におけるサトウキビ産業と奴隷貿易、乾燥タラの利用など、魚に注目した歴史の再構成が随所に取り上げられており、世界を変えた魚として文明論を論じている。海の領有問題と文明論については、本書の筆者が『越境するコモンズ』に詳しく取り上げているので参照していただきたい。
最終章では、魚と人の関係についての包括的な議論として、魚と人間だけでなく、第3項としてカミないし超自然を設定し、それらの3極構造の中に新しい文明論を位置づけた点がもっとも注目される。自然物である魚、人間、超自然は言語分類、信仰、価値観、技術、図像などのさまざまな表象として具現化される。上記の3極モデルでは、魚と人を楕円形の2つの焦点として、楕円の軌跡上にカミの世界、半魚人、アニミズム・トーテミズムなどの多様な表象を位置づけることができる。
この発想の基盤にレヴィ=ストロースの後継者と目されるコレージュ・ド・フランスの人類学教授であるフィリプ・デスコラの提起した存在論(ontologies)にも通底する。デスコラの議論は従来、西洋にあった自然と文化の二元的枠組みを超えて、自然と文化の連続性を提起したものである。ここでは詳述しないが、最近刊行された『交錯する世界 自然と文化の脱構築-フィリップ・デスコラとの対話』で体系的に取り上げられている。
海や魚に興味をもち、オセアニア世界で研究を目指す若い人たちにぜひとも目を通していただければとおもう。
【参考文献】
秋道智彌
 2016『越境するコモンズ-資源共有の思想をまなぶ』臨川書店。
秋道智彌(編)
 2018『交錯する世界 自然と文化の脱構築-フィリップ・デスコラとの対話』京都大学学術出版会。
(著者)
後藤明『世界神話学入門』(講談社、2017 年 12 月)
今回、講談社現代新書として出版したこの本では、近年唱えられている世界神話学説に沿って、ホモ・サピエンスに伴う2つの神話群、ゴンドワナ型神話群とローラシア型神話群を紹介している。ギリシャやインドあるいは日本神話など、われわれがよく知っている神話は後者の方である。一方、前者はアフリカで20万年ほど前に進化した現生人類のホモ・サピエンスが最初にアフリカから出たときに語っていた人類最古とされる神話群である。
本書は以下のような構成となっている。
  • はじめに----なぜ世界中に似たような神話があるのか
  • 第1章 遺伝子と神話
  • 第2章 旧石器時代の文化
  • 第3章 人類最古の神話的思考---ゴンドワナ型神話群の特徴
  • 第4章 人類最古の物語---ローラシア型神話群
  • 第5章 世界神話学の中の日本神話
  • 第6章 日本列島最古の神話
  • 参照文献
  • おわりに
近年一つの有力な学説として提唱されているのが、ホモ・サピエンスがアフリカを出た後、アラビア半島からインド亜大陸の海岸部を通り、スンダランド(氷河期にあった東南アジア島嶼部を含む大陸)を通ってオーストラリアまで4万から5万年前に一気に移動したという説である。それは主に遺伝子の分析から主張されているが、ゴンドワナ型神話群はこの南回りルート移動経路によく一致した分布をしている。
南回りルートに対してヒマラヤの北を周る北ルートもそれほど遅くはないという証拠も出てきているが(海部陽介『日本人はどこからきたのか』等参照)、本書は世界神話学説にそって2大神話群の違いを私の意見も含めて紹介し、さらに地球規模の2大神話群の存在から日本神話の多様な成り立ちについて思考実験的に考察を進めてみた。
私がこの本を書く動機は2つあった。
その一つ目は、私は国立科学博物館が進める「三万年前の実証航海」プロジェクトに海洋人類学者として参加していることである。台湾付近から八重山に海をわたってきた最初の人類の移動手段を実証しようという試みである。ほとんどまともな石器のないこの地域で、旧石器時代に使用できた素材で船を作るという難題に挑戦した(後藤 2016)。
船の具体像は私が担当することになった。与那国島での最初の実験では、私が提唱した樽舞湿原産のヒメガマという植物を使った草舟の航海能力を実験した。このようなことをやりながら、最初に日本列島に渡ってきた人々はどのようにして見えない島を目指して船出したのか、そして彼らが語っていた神話について考えみようと思ったのだ。
もう一つの理由は古くからオセアニアの文化系統論のテーマであった所謂メラネシアとポリネシアの神話の違いであった。
『オセアニア神話』を著した人類学者のR.ディクソンはポリネシア神話の系譜の多様性を指摘している。彼によると、NZマオリ(さらにモリオリ)神話はもっともメラネシア、東部メラネシアの影響が強いという。またサモアにもその影響は見られ、クック諸島やハワイにも若干の影響が見られる。一方、ソシエテ諸島にはメラネシア的な要素がほとんど欠如しているのはなぜかという問いを発している(Dixon 1916: 92-99)。
彼の説明はメラネシアからの移住が最初サモアからニュージーランドにかけて起こり、それが中央ポリネシアにも若干影響しているとうものである。一方、インドネシアからニューギニアの北を通ってかなり直接的にハワイに移住があった。本来ハワイにはメラネシアの影響はなかったが若干それが見いだされるのは、サモアやクックからの後世の移住によってである、と述べている。
一方、文化圏論や伝播論を基軸とするドイツ系の学者は次のような文化層を提唱している(Nevermann et al. 1968: 63-64): (1). メネフネの時代:社会階層化は未発達で、生命力やタブーの規制に基礎を置く宗教観念。家族神や死者・精霊崇拝が基本で、シャーマンのような宗教専門家が中心。神話の神としてはメネフネ、マフイケ、女神ヒナなどの信仰が導入された; (2). 首長(Ariki)の時代:社会階層化のある集団の到来。貴族集団が存在し、神々としてはタネ、トゥそしてロンゴが持ち込まれる。新しい集団は既存の集団から神由来の集団として、区別される。祖先の国ハワイキ、死後の世界プロトゥなどの概念の導入。コレとポー(暗黒)の対立による哲学的な宇宙論(Cosmogomie)の成立。この首長の時代はさらに第2期、第3期と分けられ、それぞれ異なった集団が持ち込んだ神話や文化あるいは社会が重層化してポリネシア社会とその変異が生み出された。
ここでは上記の見解の是非を論ずることはしないが、私の関心は近年ではあまり真剣に考えられていないオセアニア島嶼部への多重移住説の可能性が捨てきれるかどうか、という点であった。率直に言って私にはポリネシアの神話がメラネシアの神話から発達してきたとはどうしても思えないからだ。
これが本書を著した2つ目の理由であった。とくにこの2つめの疑問に答えてくれる本として、M.ヴィッツェルの著作『世界神話の起源』(Witzel 2013)を読んだことが、自ら『世界神話学入門』という本を書いてみるきっかけであった。
さて私は本書の中で「日本人」という用語は注意深く避けた。この種の本を書くとき編集者からは日本との関係も触れてほしいと要望されるのが普通である。しかし私は本書の中で自然な文脈の中で使う以外は日本人という言葉を避けた。とくに「日本人の起源」、あるいは「日本人の最古の神話」という表現は避け「日本列島最古の神話」という言い方に終始した。つまり本書の目的のひとつが「今われわれが日本列島と呼称している島に最初に渡ってきたホモ・サピエンスが話していた神話」の推測であって、当時存在していない「日本人」最古の神話など推測できるわけがないからである。
また本書の最後の章でのべた、「人も動物も天体もかつて地上で一緒に暮らしていた」という「ゴンドワナ型神話」の意味する所であるが、それは「人間もかつて自然の一部だった、そしてその後、自然から文化(人間)が分離していった」、という思想を意味しているのはない。むしろ「かつてはすべてが文化だった、そして文化からやがて自然が分離していった」、ということを意味すると解釈すべきであると考えている。それとの関連で人間と動物が同じで変換可能だったという神話においても、人間は動物になるとき必ず動物の毛皮を着る(例:儀礼の踊りのときのシャーマン)、しかし動物は人間になるとき人間の皮を着ることはなく、必ず毛皮を脱ぐと人間だったということになる。この非対称性の意味することは? このようなことも問うてみたかった。
このような思想を当初はアニミズムのような表現でまとめようかと思った。しかし最近、怪しげな政治的な意図をもって唱えられる「縄文アニミズム論」のような考え方に連動することは避けようと考えた。ゴンドワナ型神話の共通の特徴、すなわち人間も動物も、天体も自然現象もともに暮らしていたという語りを、それら背後に「霊魂」のような共通の実体を想定してしまったのでは代わり映えしない話になってしまう。むしろ私は「人間的な系列と非‐人間的なそれとの諸関係に社会的な特徴を措定する存在論」(ヴィヴェイロス・デ・カストロ 2016 Kindle版No.1313-1314)、あるいは「自然の存在物に人間的な性向と社会的な属性を授ける」(デスコラ 2017: 32)と言った意味でのアニミズムを下敷きにしようと考えた。
最後に本書の執筆の間、「ゴンドワナ型」神話群の特徴のひとつは天体に関する神話であることを見いだし、「エージェンシーとしての天体」のような仮説を今後の研究課題としようと考えていたところ、本書の出版直後に某出版社から『天文の神話学』という新たな新書本の執筆を依頼された。現在準備中のこの本は、昨年上半期に出版した著作(後藤 2017)と下半期に出版した本書を、足して2で割ったような内容となるであろう。
【参照文献】
デスコラ、フィリップ
 2017 「自然の構築:象徴生態学と社会的実践」『現代思想2017臨時増刊号 人類学の時代』45(4):27-45.
Dixon, Roland
 1916 The Mythology of All Races: Oceania. Boston: Mareshall Jones.
後藤 明
 2016 「人類初期の舟技術:環太平洋地域を中心に」『岩波科学』87(9): 841-848.
 2017 『天文の考古学』、同成社。
Nevermann, H., E.A. Worms and H. Petri
 1968 Die Religionen der Südsee und Australiens. Stuttgart: W. Kohlhammer.
ヴィヴェイロス・デ・カストロ、エドゥアルド
 2016 「アメリカ大陸 先住民のパースペクティヴィズムと多自然主義」『現代思想 2016年3月臨時増刊号 総特集=人類学のゆくえ』(kindle版を引用)
Witzel, Michael
 2013 The Origin of World Mythologies. Oxford: Oxford University Press.
(著者)

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ニューズレターNo.119から

第17回 日本オセアニア学会賞選考要項

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第35回 日本オセアニア学会研究大会・総会のお知らせ

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2017年度 日本オセアニア学会関東地区研究例会の報告

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2017年度 日本オセアニア学会関西地区研究例会のお知らせ

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【新刊紹介】

Takuro FURUSAWA Living with Biodiversity in an Island Ecosystem: Cultural Adaptation in the Solomon Islands (Springer, 2016)
 豊かな生物多様性の中での人々と自然環境との相互作用を明らかにするために行われた、ソロモン諸島ロヴィアナラグーンにおける詳細な調査をまとめたものです。ソロモン諸島は東メラネシア生物多様性ホットスポットの一角をなしており、固有の動植物の多さで注目されています。調査に着手した2001年時点で、すでにアジア系企業による森林伐採が広範囲に行われるなど、開発の影響がありましたが、それでもまだ農耕・漁撈といった自給的な生業や熱帯雨林での採集活動に伝統的な知識が多くみられました。特に、Prefaceの冒頭に示した女性インフォーマントの言葉に感銘を受けました。樹木について知っているだけではなく、樹木が鳥や魚と生態系を通じてつながっていることを知っていたのでした。しかしその後毎年訪れているうちに、市場経済の浸透が大きくなり、その自然や社会への影響が懸念されるようになりました。そこで人々の生業と生活および伝統的生態知識を調べたうえで、近年の社会経済的変化を分析し、持続可能性について検討しました。
 特に着目したのは、ソロモン諸島において環境調和的な社会が持続するために必要なことは何か、ということでした。この目的のために人類生態学で頻繁に用いられてきた理論と方法に加え、定量的民族植物学、フォークエコロジー、植生調査、民族誌調査、衛星リモートセンシング、健康調査など様々な分野を取り入れました。結果の一つとして堡礁島の使い方はとても興味深いものでした。本島にある集落の近くに畑を作っているにも関わらず、集落から遠く離れたところにある堡礁島にも畑が作られていました。そして堡礁島では、誰がどこに畑を作っても良いという集団主義的な利用が行われ、自給的農耕だけが行われていました。調べてみると、堡礁島は土壌養分に優れ、休耕期間をあまり設けずとも作物が得られるため、長期的に高い収量を得ることができていました。一方本島では、市場経済の浸透に伴い畑に用いられてきた土地の権利を世帯ごとに分けて、各世帯がそこをチークやレインボーユーカリなどの輸出用樹木で造林するようになっていきました。堡礁島はリスク回避の経済活動、本島はリスク選好の経済活動であったといえます。
 また植生調査と植物利用調査からは、自然と人々との相互作用がよくわかりました。人々が耕作放棄したあとの二次林に生えるCommersonia bartamiaは高い頻度で建材に用いられ、やはりパイオニア種であるGmelina mollucanaはカヌーに用いられる貴重な樹木でした。集落の近くには、畑のための伐開や商業的伐採は禁じられているが、村人による採集は認められた森林があり、この人為的に改変された森林は一次林と二次林を合わせた独自の植生が形成され、そこにはDillenia salomonenseなどの有用樹木がみられました。他にも聖域(ロヴィアナ語のhope、ピジン語のtambu ples)のある森林では樹木を切ってはいけない、サゴヤシの葉を取りつくしてはいけないなどの慣習的ルールも存在しました。人間の活動が多様な景観と多様な植生を形成するとともに、人々はそこから得られる資源を享受していたのです。
 それからフォークエコロジーという、自然認識の研究に統計解析を取り入れた方法を用いた研究を行うと、人々が「人間-植物-動物」の間の生態学的な連鎖を認識していることが明らかになりました。例えばミカドバトは木の実を食べてしまうが、種子は壊さないので、別のところにフンとともに落とし、種子拡散に貢献するため、結果として人間にとっても利益をもたらしてくれるという知識は広く共有されていました。人々は単に目先のことだけではなく、ある動植物の変化が、他の動植物にどういう影響をもたらすかを予測することができるのです。
 しかしながら、同じロヴィアナラグーンにあっても、町では生活も知識も生態環境も大きく異なることもわかりました。宅地化により森林の多様性は低く、生活の多くは商店での購入に依存していました。町では雇用労働や商店を経営している人もいて、彼らは安定した収入を持っていましたが、そのような人は限られており、およそ3分の2の世帯は定収入がなく農作物や魚介類の販売や不定期な賃収入に頼っていました。しかし、生態環境条件が悪いため農村に比べると農収量も漁獲も低いのでした。
 これらの研究を通して、いわゆる生物多様性や文化多様性だけでなく、村社会の中の多様性や、個人の中にある多様性を知ることの重要さに気づかされました。自然を良く知り、多彩な利用をみせる人もいれば、あまり知識のない人もいました。また自然を大切にしているように見える人が、別の時には自然を害するかのような行動をとることもありました。しかしこのような多様さがあるからこそ、生物や文化の多様性が作り出され、保たれて来たのです。グローバル化や開発が多様性を失わせることは言うまでもありませんが、保全の在り方も画一的なものであれば、内なる多様性を見落としてしまい、人為的改変によってこそ生み出されてきた自然の多様性を守ることはできないのです。
 後日談もあります。上にも挙げた堡礁島に船着き場が作られました。本島の周りは浅いサンゴ礁で船が着岸できないので、外海に面した堡礁島につくられたのです。ところが、この船から逃げ出したと思われるネズミが堡礁島に住み着くようになりました。結果として、作物が食い荒らされるようになってしまいました。この時人々は、堡礁島での畑作を一斉に取りやめました。こうすればネズミの餌がなくなり、いずれ再び畑を作れるだろうということでした。これは、人々の伝統知に基づくレジリエンスの一例とみなすこともできますが、ネズミを根絶することはおそらく難しく、かつて私がみたような本島と堡礁島の利用はもう蘇らないかもしれません。
 もっとショックだったことは、かつては樹木を切ることが禁じられていた聖域の一つで、大半が切り開かれてしまったことです。これには大首長の死や地域内の紛争など、様々な遠因があるのですが、直接的な動機は将来の収入にするために、村人皆でプランテーションを作ろうとしたことでした。この聖域は丘の上にあったのですが、樹木がなくなったあと大雨が降ったところ、大規模は斜面崩壊が起こり、その下にあった畑も軒並み破壊してしまいました。人的被害がなかったのが何よりでしたが、人間-環境関係が大きく変化してしまったことを表すエピソードでした。
 本書執筆時点で、環境と調和した社会を持続するために重要なことは(1)多様な知識を活かして生態系サービスから利益を得ること、(2)伝統的なリスク回避と現代的経済活動のリスク選好を両立させる戦略を持つこと、(3)このように人々が利益を得られるような多様性の保全と管理を行うこと、(4)そのための合意を形成すること、(5)地域でのリーダーシップが伝統的知識を取り入れること、と結論付けました。やや理想的すぎたかもしれませんが、間違ってはいません。村ではその後も市場経済活動を取り入れようとしましたが、結果として現金収入や生活水準が向上した様子は今のところありません。かつての在り方を取り入れ、多様性を回復されることを願います。
 最後に、ソロモン諸島の研究を開始するきっかけとなり、そしてエココモンズ、在地リスク回避、マイナーサブシステンス、コンセンサス形成、基本的ヒューマンニーズ、環境的正義という重要な視点を共有してくださり、様々なフィールドワーク手法と衛星リモートセンシングを習得するきっかけとなったのは日本学術振興会未来開拓学術研究推進事業アジア地域の環境保全「地域社会に対する開発の影響とその緩和方策に関する研究」(代表:大塚柳太郎氏)でした。このような素晴らしい機会があったことに感謝しています。他にも科学研究費補助金などの研究予算をいただき、様々な先生や友人、そして何よりロヴィアナラグーンの人々のおかげで本書が出版されました。そしてオセアニア学会賞という素晴らしい賞を賜りました。この場を借りて、深甚なる謝意を表します。
(著者)
風間計博(編)『交錯と共生の人類学――オセアニアにおけるマイノリティと主流社会』(ナカニシヤ書店、2017 年)
本書の目的
本書は、オセアニア島嶼部における実地調査で得た民族誌事例を提示しながら、在地の論理のあり方を射程に収めたうえで、交錯した現代世界における人類学的な「共生の論理」を追究することを目的としている。あらゆる人間の営みに排他や暴力が必然的に伴うにせよ、オセアニア島嶼部の生活実践から、軋轢を緩和させる新たな共生の手がかりを得ることを目指すことになる。なお本文中、近代的思考を前提とした「共生」と在地論理を強調した「共存」の用語とを、適宜使い分けている。
本書の構成は、広くポリネシア・ミクロネシア・メラネシアにおけるマイノリティに焦点化し、歴史的過去から現代に至る移動と「混血」、ジェンダー、障害者、記憶や感情といった論題や概念を軸に据えた諸論文からなっている。ここでとりあげるマイノリティとは、移民や先住民、社会内部において有標化される障害者やトランスジェンダー、さらには通常、主流社会の側に含まれる女性や高齢者までを包括的に捉えたものである。換言すれば、マイノリティの語は、他者カテゴリーとしてステレオタイプ化された人々を指示する場合、あるいは、有標化によって他者性を付与された個々人を指示する場合の双方を含む。
このとき、人々がいかに自他を弁別してマイノリティが作られるのか、いかなるプロセスで差別や排除が生じるのかが問題となる。差異の強調は、内閉化を促すばかりでなく、他者に対する攻撃性や多様な形態をとる暴力と不可分である。あるいは逆に、集団的自己がいかに他者を抑圧し、取り込み、同化させるのか、差異と共生がいかに維持されるのかを問うことになる。
構成と概要
在地の実践論理としての共存のあり方は、歴史的変遷を異にしてきた諸社会により多様である。本書所収の諸論文において、オセアニア島嶼部の人々は、グローバル化が進展するなか、交錯した現代世界に渦に巻き込まれ、また自ら深く関与していく途上にある様態が提示されている。
「序章 現代世界における排除と共生」に引き続き、三部に分かれる全十章では、オセアニア島嶼部における多様な事例が提示され、現代世界における共生の可能性が示される。同時に、グローバル化によって隅々まで波及した、西欧近代的論理の圧倒的な影響のもと、新たなマイノリティが生成する現状が看取される。
「第Ⅰ部 移動する人間と『混血』」では、ヨーロッパ人とオセアニア島嶼部住民が初期接触した後、植民地化を経て独立し、現在に至る歴史経緯のなかで起こった人間の移動と、必然的に伴う「混血」や同化/異化について論じられる。近年のグローバル化の起こる遙か以前から、移動する人間は他者と出会い、争い、交渉し、協働し、交わってきた。そうした歴史の刻印は、瞬時に消去できるものではない。日常的には不可視であっても、微細な痕跡が記憶され、残されている。それが、ときに偶発的な契機によって顕在化し、現代の問題として水面に浮上する。歴史的変遷のなかにあって、オセニア島嶼部の在地論理である共存の再編される様相が、新たに見出される。
「第Ⅱ部 新たなマイノリティの生成:性・高齢者・障害」では、グローバル化の進展に伴う、近代的論理の導入による社会組織の再編と在地論理の変質や維持が主題化される。オセアニア島嶼部におけるグローバル化による交錯状況が、顕著にみられる事例が紹介される。近代化/グローバル化は、メディア情報、人間やモノの移動を通じて、疑似普遍的な論理や制度をオセアニア島嶼部に強力に普及させてきた。そのとき在地論理は、単純に解体されるのではなく、ときに強化され、内実を変質させながら存続することになる。この過程において、新たなマイノリティが生成し、また新たな「名づけ」が行われ、権力関係が再編されていく。
「第Ⅲ部 差異をめぐる記憶と感情」では、人間の心理的な揺らぎが及ぼす動態的な効果を射程に収めている。過去の経験や感情の共有が、個別の文脈において人々を動かし、共存へと向かわせる力を内包する事例が示される。近代的思考に基づいてカテゴリー化された、マイノリティや主流社会を前提とするのではなく、個別の感情的経験に基づく自己と他者との関係をつぶさに見据えることにより、西欧近代的な共生概念の枠組み自体を同時代の内側から問い直す必要性が示唆される。
オセアニア島嶼部におけるマイノリティと主流社会の多様な関係のあり方を見ると、脱植民地化、そしてグローバル化のなかにあって、従来、親族や村落内部に関係づけられてきた人々が、近代的概念の侵蝕と社会経済変化によってマイノリティ化する事例が見られる。ただし、西欧近代的な人間観の卓越によって形成されるマイノリティ化が、必ずしも直線的に進行するわけではない。むしろ、オセアニア島嶼部における在地の論理は、内実を変えながら再編されてゆき、再活性化されることもある。そこでは、多重で曖昧な帰属の仕方や、複合的な人間観、「血」の共有や交換の実践により、自他の区分や敵味方の弁別における境界線がときに錯綜し、ときに無化されるのである。
自他の弁別様式が変形され、状況に応じて属性を適宜組み替えていく交錯した状況において、境界線の非決定的な柔軟性が色濃く見いだせる。このような曖昧さを含む在地の論理が、近代性の内包する自他の峻別と過度な排除を攪乱する現象のうちに、人類社会における共生の仄かな可能性を垣間見ることができるだろう。
目次
<序 章> 現代世界における排除と共生 風間計博
<第Ⅰ部> 移動する人間と「混血」
第1章 鯨歯を纏い、豚を屠る―フィジーにおけるヴァヌアツ系フィジー人の自己形成の視点から見た共存 丹羽典生
第2章「その他」の人々の行き交う土地―フィジー首都近郊に生成する「パシフィック人」の共存 風間計博
第3章 ニュージーランド・マオリの「混血」をめぐる言説と実態 深山直子
第4章 ヤップ離島社会の共生戦略におけるアイデンティティとネットワーク 柄木田康之
<第Ⅱ部> 新たなマイノリティの生成:性・高齢者・障害
第5章 マフとラエラエの可視化と不可視化―フランス領ポリネシアにおける多様な性の共生 桑原牧子
第6章 母系社会・パラオにおけるマイノリティは誰か? 安井眞奈美
第7章 高齢者の包摂とみえない異化―ヴァヌアツ・アネイチュム島における観光業とカヴァ飲み慣行 福井栄二郎
第8章「障害」をめぐる共存のかたち―サモア社会における障害支援NGOロト・タウマファイによる早期介入プログラムの事例から 倉田誠
<第Ⅲ部> 差異をめぐる記憶と感情
第9章 帝国の記憶を通した共生―ミクロネシアにおける沖縄人の慰霊活動から 飯高伸五
第10章 狂気に突き動かされる社会―ニューギニア高地エンガ州における交換と「賭けられた生」 深川宏樹
(編者)
印東道子(著)『島に住む人類――オセアニアの楽園創世記』(臨川書店、2017 年)
 18世紀にポリネシアの島々を訪れたヨーロッパ人は、人間の生活の場として整備された島の美しさに感動する文章を多く残している。人間の手が入らなければ植物が茂り放題になるのが熱帯である。繁茂する植物を切りひらいて栽培植物を植え、快適な「楽園」空間を作りあげ、さらにそれを維持する社会を形成していたのがオセアニアの島嶼社会である。本書は、オセアニアへ進出した人類が、どのような戦略で島嶼環境を住みこなしてきたのか、その「住まい方」に焦点をあてたものである。
 考古学を主要な研究手法としてきた筆者は、これまでオセアニアへの人類の移動の歴史に焦点を当て、移動年代や島嶼間を移動した物質などから島嶼社会の特徴を明らかにしようと試みてきた(印東 2012a、2012bなど)。しかし、考古学的資料には表れない生活の側面も多く、特に基本的な生業の実態を理解しなければ、資源の限られた島嶼環境で1000年以上に亘って育まれた文化を読み解くことはできないことも痛感してきた。 そこで、人の手の入っていない無人島に移住した人類がどのようにその環境を作り替えていったのかなど、オセアニアに居住した人びとの生活文化にみられる工夫に焦点を当てて再構築を試みたのが本書である。その構成は以下のようになっている。
  • 第1章 島の暮らしを読み解く
  • 第2章 人はいつから島に住んだのか
  • 第3章 島で生きる工夫
  • 第4章 島の食料事情
  • 第5章 物質文化と技術
  • 第6章 社会形態の違いとその背景
  • 第7章 グローバル時代に生きる島人
 1章と2章では、オセアニアへの人類の移動史を概観し、最新の年代を使った拡散モデル紹介している。1960年代に提唱された、いわゆる「オーソドックスシナリオ」といわれるポリネシアへの人類移動モデルは、年代が古すぎた傾向があり、現在ではハワイやイースター島は紀元後800~1000年ごろまでは無人島であったことなど、最新のモデルを紹介している。
 3章では、ほとんどの島において、狩猟採集のみでは生命を維持することは難しく、栽培活動を行うために環境改変が行われたこと、東南アジアから移動する際に持ち込んだ栽培植物の存在がオセアニアの植民を成功させた重要なファクターの一つであったこと、居住後の島嶼間交流も長期に亘る島嶼居住の継続に重要であったことなどを示した。
 近年、ジャレド・ダイアモンドは『文明崩壊』(2005)のなかで、環境改変は人間によるエゴイズムであり、文明崩壊につながると警鐘をならした。その好例としてイースター島の森林破壊とモアイ建造の因果関係を示唆したため、一般にも広く知られるようになった。しかし、イースター島の森林破壊の直接の原因はモアイ建設ではないことが、Huntらの研究(Hunt and Lipo 2011)で明らかになっており、その背景も合わせて紹介した。
 4章では、島嶼という様々な制約のある自然環境の中でどのように生存を確保し、しかも数千人の規模を越える人口を擁立できたのか、食料の組み合わせや季節性への対処、保存法の工夫などに焦点をあてた。特に、オセアニアの食料を構成している主要な根菜類や果実類の栄養価を表にまとめ、デンプン過多に感じられる植物食中心の食事が、実は必要な栄養素をバランスよく摂取できることを示した。食料に加え、生活に必要な物質文化の素材を入手するにも島嶼環境では大きな制約があり、多様な創意工夫が必要であった。
 5章では、石、貝、骨、鼈甲など、島で入手できる素材を適材適所に用いた生活用品をはじめ、交換財など貨幣的価値が付加された財貨などの多様性を紹介している。なにもないようにみえる島環境で作り出された「もの」と、それを作った人びとのセンスの高さが特徴としてみてとれる。
 6章では、オセアニアの伝統社会形態の特徴を簡単に紹介した。世界的な文明発生に不可欠と考えられてきた穀類栽培を欠いていても、根菜樹木類を効率的に栽培することで人口を増加させ、首長や王族が統率する階層社会を形成したのはオセアニアの特徴であった。続く7章では現代の島嶼社会で何がおきつつあるのか、筆者がフィールドワークなどを通して観察した事例を紹介した。
 以上のように、オセアニア全域に拡散居住したオーストロネシア語族の人びとは、海洋適応能力、島嶼環境への適応居住、島嶼間の相互依存の継続性など、いずれをとってもすぐれていた。本書を通して、人類史における海洋進出の歴史研究の意義や人類が島嶼環境で発揮した多様な適応能力を理解していただくことができれば望外の喜びである。
【参考文献】
印東道子(編)
 2012a 『人類大移動――アフリカからイースター島へ』朝日選書、朝日新聞出版。
 2012b 『人類の移動誌』 臨川書店。
ダイアモンド、ジャレド
 2005 『文明崩壊』上下巻、思草社。
Hunt, T. and C. P. Lipo
 2011 The Statues that Walked: Unraveling the Mystery of Easter Island. New York: Free Press.
(著者)

学会通信

学会誌バックナンバーの処分について(再送・期日注意)

会長 山本真鳥

わが日本オセアニア学会は、学会誌のバックナンバーを、号数によって異なりますが、大量に抱えております。それらは、特定の倉庫を持たないために、過去・現在の役員が自分の研究室等に保管してきましたが、それもそろそろ限界に達しておりまして、永久保存するごく一部を除き、廃棄の方向で考えております。

No.17以降は、電子化されており、現在、GeniiからJ-stageに移行中ですが、J-stageが正常に動き始めると、ウェブで論文を見ることは可能です。そこで、No.17以降はウェブで見ていただくとして、No.16以前のものに関して、廃棄前に、皆様方のご希望に添って着払いにて配布し、残部を廃棄する計画です。

No.1~No.16と、No.3別冊、モノグラフ2号について、ご入り用の方は、庶務担当理事に、ほしい号とご自分の住所・電話番号を明記の上、以下の期日までにお申し込みください。この期日をもちまして会員からの募集は締め切り、残されたPCOは適宜処分させて頂きます。先着順にお送りしますが、もしご希望の号が終了してしまった場合にはご容赦ください。

後援事業『ハワイと南の島々』展の開催について

2018年1月より東洋文庫ミュージアム(東京都文京区)にて、本学会が後援いたします『ハワイと南の島々』展が開催されます。詳細な情報は下記に掲載いたします。観覧をご希望の方は本通信を印刷してミュージアム受付にてご提示いただき、日本オセアニア学会会員・関係者であることをお申し出ください。ご本人・同伴者あわせて4名まで通常入場料半額にてご入場できます。なお、本展開催中の5月13日(日)14:00から同ミュージアムにて「19世紀のハワイ諸島 王国の栄光と簒奪」(山本真鳥)と題した一般講演を行いますので、学生等にご紹介ください。

ハワイ日系移民渡航150周年『ハワイと南の島々』展

【趣旨】

 本展では、ハワイ、タヒチ、イースター島、サモア、フィジー、ニューカレドニア、ニュージーランド、さらには伊豆・小笠原諸島や南西諸島も含めた「南の島々」に関する様々な歴史秘話(先史時代の遺跡~20 世紀前半の日系移民の足跡)をたどるべく、東洋文庫所蔵の貴重書・絵画・古地図を初めて一挙に公開いたします。

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寄稿について

日本オセアニア学会ニューズレターでは、論文・報告・新刊紹介の寄稿を随時受け付けております。

その他、寄稿に関わるご相談は、下記までお問い合せください。

寄稿先/お問い合わせ先

編集委員  馬場 淳(理事)junbaba[アットマーク]wako.ac.jp




ニューズレターNo.118から

第34回 総会の報告

2017年3月26日(日)、第34回日本オセアニア学会研究大会会場(松江しんじ湖温泉夕景湖畔 すいてんかく)において、日本オセアニア学会研究総会が開催されました。総会の議事は、以下の通りです。

1.2016年度決算(別紙参照→webには非掲載です)
・2016年度決算(2016年3月1日~2017年2月28日)について、石森大知会計理事の代理の倉田誠会計監事より説明があり、承認されました。
・会計監査は、遠藤央会員、小谷真吾会員によって行われました。
2.2016年度事業報告
下記の2016年度事業報告が審議され、承認されました。
・People and Culture in Oceania vol.32の刊行(75pp.:論文2本・書評3本)
・NEWSLETTER no.115、116、117の刊行(報告6本)
・研究例会の実施
  • 関東地区 2017年1月7日 お茶の水女子大学 発表2本
  • 関西地区 2017年1月28日 同志社大学 発表2本
・第34回研究大会・総会の実施
2017年3月26-27日 松江しんじ湖温泉夕景湖畔 すいてんかく(大会長:福井栄二郎会員)
・40周年記念事業準備委員会(委員長:棚橋訓会員)の開設と記念シンポジウムの立案
・第16回日本オセアニア学会賞の選考と授与
・石川榮吉賞の選考
・日本学術会議等関連の活動(地域研究学会連絡協議会)(深山直子渉外理事)
・評議員選挙の実施
3. 2017年事業計画
下記2017年度事業計画が審議の結果、承認されました。
・People and Culture in Oceania vol.33の刊行
・NEWSLETTER no.118、119、120の刊行
・関東地区・関西地区研究例会の実施
・第35回研究大会・総会
・40周年記念シンポジウムの実施
・第17回日本オセアニア学会賞の募集
・石川榮吉賞の選考
・日本学術会議等関連の活動(地域研究学会連絡協議会)
4. 2017年度予算案(別紙参照→webには非掲載です)
2017年度予算(2017年3月1日~2018年2月28日)について、石森大知会計理事の代理の倉田誠会計監事より説明があり、承認されました。
報告事項
1.第16回日本オセアニア学会賞を京都大学の古澤拓郎会員(受賞作品『Living with Biodiversity in an Island Ecosystem: Cultural Adaptation in the Solomon Islands』Springer)に授与するとの理事会決定が報告されました。なお、学会賞に対して、日本オセアニア交流協会より副賞をいただきました。学会賞選考委員会からの報告は、以下、別記事として掲載されております。
2. これまで学会の事務局の業務の一部を委託していた大学生協学会支援センターが、業務停止することとなりました。それに伴い、委託していた業務を学会役員に戻すことにしました。
3.第35回研究大会・総会は、南山大学の後藤明会員及び沖縄県立芸術大学の小西潤子会員を大会長として開催予定であることが報告されました。

臨時総会の報告

2017年5月27日(土)、神戸大学鶴甲第一キャンパス(M棟301)において、日本オセアニア学会臨時総会が開催されました。臨時総会の議事は、以下の通りです。

1.会則第2条の変更について
日本オセアニア学会会則第2条の変更について、丹羽典生庶務理事より説明があり、以下の変更案で承認されました。
<変更案>

第2条

本会は事務局を国立民族学博物館丹羽典生研究室(〒565-8511 大阪府吹田市千里万博公園10-1)に置く。

2.会計監査の選出について
会計監査の選出について、丹羽典生庶務理事より説明があり、柄木田康之会員(宇都宮大学)、古澤拓郎会員(京都大学)の2名で承認されました。
報告事項
1.40周年記念大会
山本真鳥学会長より、2018年3月21日〜23日にかけて沖縄での開催を予定している「日本オセアニア学会 40周年記念大会」のプログラム内容と準備状況に関する報告がなされました。

第16回 日本オセアニア学会賞について

pdfをご覧ください。

第17回 日本オセアニア学会賞選考要項

pdfをご覧ください。

【新刊紹介】

小野林太郎(著)『海の人類史――東南アジア・オセアニア海域の考古学』 (雄山閣、2017 年)
 本書は、これまで私が取り組んできたオセアニアや東南アジア海域における研究成果を、人類史というかなり大きなスケールの中に組み込んで論じたものである。人類史というマクロな視点から俯瞰することで、東南アジアやオセアニアという海域世界を対象とした考古学や人類学的研究の魅力や現時点での限界を、まず描き出してみかったというのが、本書を執筆した最初の出発点だった。また本書は、とくに海と島からなる海域世界が主な対象となることから、「海の視点」から人類史を描いてみるという、やや挑戦的なテーマから書き下ろしたものでもある。
そのような訳で、本書は以下にあげた序章・終章+6章での構成となっている。
  • 序章:環太平洋と海の人類史
  • 第1章:人類の進化と海との出会い
  • 第2章:旧人・新人による海洋適応と環太平洋圏への進出
  • 第3章:新人によるウォーラシア海域への進出と海洋適応
  • 第4章:完新世~新石器時代の人類拡散と海洋適応
  • 第5章:金属器時代と海域ネットワークの生成
  • 第6章:南太平洋の巨石文化と海洋文明の盛衰
  • 終章:環太平洋圏と海の文明史
このうち第1章では、人類誕生の地とされるアフリカにおける猿人の時代まで遡り、人類による水産資源や海洋適応がどのように発展してきたのかを、現時点で入手できる資料に基づき論じてみた。続く第2章も、前半はアフリカ大陸とその周辺域が主な舞台となるが、やがて新人=ホモ・サピエンスによる出アフリカ後は、新人のアジア・オセアニア方面への移住・拡散にともない、環太平洋圏へと舞台がシフトしていく。ここでは、人類学的に新たな発見が相次いでいる沖縄における、新人の海洋適応や島嶼移住に関わる事例も紹介させてもらった。
一方、私自身が実際に取り組んできた研究の成果も踏まえながら、新人によるオセアニアへの移住・拡散や海洋適応について整理したのが、第3・4章となる。このうち第3章では、主に更新世期に相当する旧石器時代の新人によるオセアニアへの移住や海産資源の利用状況について論じた。また第4章では完新世期、とくにラピタ人に代表される新石器時代以降の新たなオセアニアへの移住や海洋適応についてまとめた。この時代におけるオセアニアへの人類移住に関しては、これまでにも多くの研究者が日本語でもまとめられているが、本書でとくに心掛けたのは、オセアニアだけでなく、同時期の東南アジア島嶼部における状況についても触れつつ、両海域におけるヒトの動きを比較の視点から論じた点である。また近年、日進月歩で研究が進む遺伝子研究の成果から見えつつあるヒトの動きにも注目してみた。
第5・6章は、東南アジアにおいては金属器時代、オセアニアにおいてはラピタ期以降の時代における新たなヒトの移住や海域ネットワークの生成を主題に論じた。このうち第5章では、ここ数年に私が東インドネシアの島々で継続してきた研究成果を軸としながら、先行研究から見えてきた新たなヒトやモノの動きについて紹介している。これに対し、第6章はオセアニアを対象とし、巨石文化をキーワードに、オセアニア島嶼における社会発展やポリネシアに代表される更なるヒトの移住・拡散と、その背後にある航海術の発達や海洋適応について整理した。
本書で対象とした時代は、この金属器時代とオセアニアにおけるその同時代期までで、それ以降の時代については紙面の関係もあり、論じることができなかった。ただ、これ以降の時代については、『海域世界の地域研究――海民と漁撈の民族考古学』(京都大学学術出版会、2011年)ですでに論じているので、ご関心ある方はそちらもご参照して頂けると幸いである。
ところで、日本において東南アジア海域やオセアニアを主なフィールドとしている考古学者はまだ極めて少ない現状がある。本書の「あとがき」でも触れさせて頂いたのであるが、日本考古学を専門とされている方や、一般の方々からも「なぜ日本人でありながら敢えてそうした地域を研究対象にしているのか」と尋ねられることが少なくない。こうした素朴な疑問に対する私なりの回答を、本書の中にも散りばめてみた。また、専門外の方や学生の方々にも読んでもらいたいとの思いもあり、専門的な用語や表現はできる限り控えたつもりでもある。考古以外を専門とされるオセアニア研究者にもぜひ一読頂き、ご批判頂ければ嬉しい限りである。
(著者)
大谷裕文・塩田光喜(編)『海のキリスト教――太平洋島嶼諸国における宗教と政治・社会変容』(明石書店、2016 年)
 本書は、太平洋地域、とりわけポリネシア・メラネシアにおけるキリスト教と政治・社会変容の関係を歴史人類学的に記述・分析した論文集である。その目次は以下のとおりである(副題は除く)。
  • プレリュードとフーガ          (塩田光喜)
  • 序章 海のキリスト教総論        (塩田光喜)
  • 第1章 トンガにおける王権とキリスト教 (大谷裕文)
  • 第2章 神の国、神の民、聖霊の風    (塩田光喜)
  • 第3章 マオリのキリスト教       (内藤暁子)
  • 第4章 信仰から開発へ         (石森大知)
  • 第5章 辺境の牧師たち         (馬場 淳)
  • 後書き                 (大谷裕文)
 まず故・塩田光喜氏(1956年生-2014年没)は、聖書の記述に海外伝道活動への志向を読み取り、太平洋地域におけるキリスト教の到来の背景を記す。興味深いことに、序章は白人到来以前のポリネシア宗教世界を概観したのち、ヨーロッパにおけるキリスト教の動きを辿っていくのだが、なんとロンドン伝道協会の誕生で終わってしまう。塩田氏が「書きかけた」かに思えるその後の展開は、続く各論に引き継がれる。大谷論文(第1章)はトンガ、塩田論文(第2章)はパプアニューギニア、内藤論文(第3章)はニュージーランドを対象に、植民地期から現代に至るキリスト教と政治・社会のダイナミックな関係史を描き出す。一方で、石森論文(第4章)と馬場論文(第5章)はともに特定の教会やカリスマ的指導者に焦点を当て、それぞれソロモン諸島・ニュージョージア島とパプアニューギニア・マヌス島の社会変容とともに、キリスト教のローカル化を民族誌的に描き出す。かくして、塩田氏の独特の筆致で誘われた本論文集は、壮大な「海のキリスト教」史を部分的かつ多角的に再構成しながら、太平洋のキリスト教の特質を浮き彫りにしていくのである。
 ところで、本書は、通常の共同研究成果論文集には見られない特異点がいくつかある。まず、本書は、編者の一人、大谷氏が後書きで述べているように、「難産の末に生まれた論文集」である。実に、本書のもととなった研究会は、もう一人の編者、塩田氏が1997年に勤務先のアジア経済研究所ではじめた共同研究「太平洋島嶼諸国におけるキリスト教と政治・社会変容」であった。1997年と言えば、アジ研が現在の海浜幕張に移る前、市ヶ谷にあった時代であり、第4・5章の執筆者はまだ学部生である。いずれにせよ、研究会発足から20年目にしてようやく陽の目を見たわけである。詳細な経緯については後書きを参照していただきたいが、出版に至るまでの長い時間のなかで、もともと共同研究のメンバーではなかった研究者が漸次的にこの論文集に寄稿するという事態が発生した。
 次に、本書における塩田氏の圧倒的なプレゼンスは強調してもし過ぎることはないだろう。実に、塩田氏の執筆箇所はなんと約3分の1(337頁のうち117頁)を占めている。これは、キリスト教に対する塩田氏の並々ならぬ関心を反映している。振り返れば、塩田氏の文明論は国家、宗教(キリスト教)、貨幣経済(資本主義)の三本柱から成るものだった(NL109号の「塩田光喜追悼文」参照)。本書は、生前の彼が自らパプアニューギニアのインボング族の民族誌(『石斧と十字架』)を包摂する壮大な「海のキリスト教」史に着手していたことの確かな証である。後書きがもう一つの「序論」とも思えるような本書の“いびつな”構成は、編者がこうした塩田氏の遺志を汲んだからであろう。そして出版年から決して「新刊紹介」の部類には入らない本書を筆者があえてここに掲載したのも、塩田氏の遺志と成果を忙しない日々がもたらす忘却の淵から再度救いたいという自戒を込めた思いからである。
(共著者・馬場淳)

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