このページは,2023年11月28日に最終更新されました。
※掲載論文については,こちらをご覧ください。
中澤 港(神戸大学)
言うまでもなく、大塚さんは日本オセアニア学会と日本生態人類学会の創始者の一人であるから、もちろんパイオニアであり、日本におけるこれら2つの学問
分野の発展に大きな役割を果たしたし、多くの後進を育てた。もっとも、大塚さん自身が育てたと常々口にしていたのは門司(和彦)さんと稲岡(司)さんのこ
とだけなので、多くの後進が育った、と書くべきなのかもしれない。しかし自分自身、一次情報の客観的記録を重視する(少なくとも主観的なものと峻別する)
研究のスタイルにしても、学生の興味や自律性を尊重する教育のスタイルにしても、大塚さんの影響を強く受けていることは否めないし、勝手に育ったと嘯くつ
もりもないので、やはりここは最初の文章通り、多くの後進を育てた、とするのが妥当だろう。
自分が卒論を書こうと思って人類生態の門を叩いたのは学部3年生で、指導教員は鈴木(継美)先生、時期としては1986年の暮れだったから、大塚さんは
たぶん3度目の長期間ギデラ調査に入っていて不在だった。つまり、既に『Oriomo Papuans: Ecology of Sago-Eaters
in Lowland Papua』(1)は出版済みであっただけでなく、パトリシア・タウンゼンドがPacific
Studiesに書評(2)を書いた1985年よりも後のことである。この書評によって世界の人類学者やオセアニア研究者の間で大塚さんのプレゼンスが確立したのだと思う
が、タウンゼンドは大塚さんがやりたかったことを正しく理解していて、その筆致はどこか挑発的ともいえる。「一般的なエスノグラフィーを期待する読者は失
望する」「意図的な戦略として言語の使用を最小化し測定による客観的なデータを得ていることで、文化的側面の欲しい記述がないことへの不満や系譜人口デー
タの信頼性に疑いを持ってしまうという限界がある」けれども、その縛りの中ではきわめて有用な本だと評する。1971年から72年の長期単独調査の結果を
メインに、1980年から82年の河辺(俊雄)さん、秋道(智彌)さん、稲岡さんとの4人での1人1村を担当して行われた定量的な食事調査と行動調査から
得られたデータを随時引用しながら、サゴヤシデンプンがエネルギー摂取の60%、狩猟動物がタンパク摂取の60%を賄っていること、ウオニエ村の住民に
とってサゴ作りの労働生産性は焼き畑の2倍に上ること、サゴ作りとココナツ採集についての世帯間での協業クラスタが示されたことなど、主要な結果を紹介し
た上で、「熱帯低湿地の気候に日本人のようには適応できないため欧米人には長期調査が不可能で、それゆえこれまでほとんど研究報告がない」ギデラの人々に
ついて、4人での調査結果をメインとする続報に期待する、と書いている。日本人研究者ならではのオセアニア研究を打ち立てようとする気概を正しく汲んでく
れている書評である。
4人での調査結果には、視力、握力などの生理機能評価や、身長、体重などの生体計測値から成長評価や栄養評価、食物や毛髪中の微量元素濃度測定結果から
みた物質循環の様相まで含めた結果が含まれていたので、鈴木先生以下人類生態学教室の総力を挙げ、外部の協力も得て研究が進められ、論文の形で順次発表さ
れながらも、成書となったのは1990年であった(3)。なお、タウンゼンドの書評では批判されているが、家系図を遡って聞き取った系譜人口学データも重
要な挑戦であった。キリスト教圏には文字資料としての教区簿冊があるため、歴史人口学研究は進展したが、無文字社会において聞き取りによって数世代に渡る
正しい系譜を再構成するのは容易なことではなく、欧米の研究者は泥臭い系譜人口学をほとんど行ってこなかった。大塚さんは、このデータから娘母親比を計算
し、世代時間を仮定してギデラの人々の年人口増加率が0.2%と低く安定していたと推定した(4)。人口増加と移動の組み合わせに注目し、ギデラの中心に
近い内陸では人口増加率が高く、そこから人々が転出した先の南方川沿いや海岸では死亡率が上がって人口増加率が負になっていることも示し、さらに近代化の
影響を受けてからは年人口増加率が3%まで上昇したことを示した(5)のは、小集団人口学としてはもちろん、小地域生態系の人口支持力の多様性と人口移動
の関連に取り組んだ、人類生態学ならではの画期的な成果といえる。
ギデラ研究においては、次のステップが栄養適応と遺伝適応を分子レベルで明らかにすることで、そのために行われたのが、1989年7月から9月までの採血
を伴う調査だった。自分は修士課程の院生としてこの調査に参加し、血液サンプル前処理及びヘモグロビン、ヘマトクリットなどの測定を主に担当した。この
データからは、これまでのフィールドワークでは観察と聞き取りから推定することしかできていなかった、マラリア罹患リスクの村落間差を血清中の抗体価分布
から裏付けることができたし、鉄摂取とマラリア罹患リスクと貧血の間にある三つ巴の関係が長期的な適応の結果かもしれない可能性を示すことができたし、ミ
トコンドリア多型からギデラには数万年前から少なくとも5回の人口流入があったことや、B型肝炎は多いがHIV/AIDSはまだ入っていないことなど、オ
セアニア地域ではかなり画期的と思われる成果が多数生まれた。さらにいえば、倫理的な制約が年々厳しくなり、このように背景が明確な小集団からの集団レベ
ルの代表性のある血液サンプルがとれている例は稀であることから、このときのバッフィーコートから精製した遺伝子サンプルは、いまだに人類遺伝学的な研究
に使われ続けている。
一方、ギデラ以外の研究も1985年頃からパプアニューギニア北側の海洋民、東部高地と南部高地の常畑イモ農耕民、きわめて土地が痩せた山地民、高地と
南部低地の間に広がる丘陵地の焼畑農耕民、鉱山からの重金属汚染が疑われている湖の周辺住民、高地から首都への移住者、とさまざまな対象へ拡大した。それ
ぞれに大学院生や若手研究者がかかわって博士論文を書き、研究者として育っていくのと同時に、これらの研究から、多軸の比較生態学的分析が可能になった。
20世紀のうちから南アジアや東南アジア、ポリネシアでの研究は始まっていたし、そのうちバングラデシュの井戸水のヒ素汚染の研究やトンガの肥満と遺伝
子多型の研究は後に大きく展開することになったが、大塚さんが率いた本格的な多地域の異分野共同研究プロジェクトは、21世紀に入ってすぐに始まった未来
開拓研究だった。現在のプラネタリーヘルスやSDGsからしても先駆的な試みだったと思うが、沖縄、中国海南島、ソロモン諸島を調査地として、各地域社会
それぞれ異なるやり方で行われる開発による地域社会への影響とその緩和方策を明らかにした。この研究では歴博の篠原(徹)さんが海南島班、東文研の松井
(健)さんが沖縄班を率い、大塚さん率いるソロモン班と、それぞれ半自律的に研究を進めた反面、全体に共通するフレームワークの構築のため、環境倫理学の
鬼頭(秀一)さんもチームに参加し、在地リスク回避、環境的正義、といった6つの軸による新しい環境=人間生態系の捉え方を提唱した。そこに関わる中で、
自分もMAM-CAという環境リスク評価法を提案した。この研究で各地に長期間投入されたフィールドワーカーの多くは、今では大学や国研のPI研究者とし
て活躍しているし、日本オセアニア学会や日本生態人類学会でも中心的な役割を担っている。
さらに、ほぼ同時並行で進展した、東南アジア島しょ部のインドネシア、メラネシアのソロモン諸島、ポリネシアのトンガという3地域を遺伝生態学的に調査す
るという、1989年のギデラから始まった血液サンプルを使った人類遺伝学的分析、血清生化学的分析と、食事調査、行動調査、生体計測などを組み合わせ
て、オセアニア地域の人類集団の歴史的移動から各地域における適応像を明らかにする研究も画期的であった。この研究で得られた遺伝子サンプルや遺伝情報
データも、現在でも疾病罹患やライフスタイルとの関連を分析する人類遺伝学研究で使われ続けている。
自分は地域の人類生態系理解のためにマイクロシミュレーションモデル化することの有効性を学生の頃から唱えていて、酔っ払った大塚さんから「それの何が
面白いの?」と問われる度に、十分な説得力をもった答えを出すことができなかったことは、今でも悔やんでいる。本稿を書いていて気づいたのだが、現在の計
算資源とITを最大限に活用すれば、ここに挙げたすべての研究で得られたデータに、自分の調査地もオセアニアと東南アジアの諸集団だし、大塚研究班の元で
育った研究者の多くも同地域をフィールドとして研究を続けているので、そのすべてを含む、長期間の個人ベースシミュレーションモデルを構築してPan-
Oceanic Ethnohistory Model的なものを構築できる可能性はある。少し本気で考えてみようかと思っている。
(1) Ohtsuka R (1983) Oriomo Papuans: Ecology of Sago-Eaters in Lowland
Papua. University of Tokyo Press, Tokyo.
(2) Townsend P (1985) Book review on "Ryutaro Ohtsuka, Oriomo Papuans:
Ecology of Sago-Eaters in Lowland Papua. Tokyo: University of Tokyo
Press, Columbia
- 36 -
University Press, 1983", Pacific Studies, 9(1): 185-187.
(3) Ohtsuka R, Suzuki T [Eds.] (1990) Population ecology of human
survival: bioecological studies of the Gidra in Papua New Guinea.
University of Tokyo Press, Tokyo.
(4) Ohtsuka R (1986) Low rate of population increase of the Gidra
papuans in the past: A genealogical-demographic analysis American
Journal of Physical Anthropology, 71(1): 13-23.
doi:10.1002/ajpa.1330710103
(5) Ohtsuka R (1996) Long-term adaptation of the Gidra-speaking
population of Papua New Guinea. In: Ellen R, Fukui K [Eds.] "Redefining
Nature: Ecology, Culture and Domestication". pp.515-530. Oxford: Berg.
片山一道(京都大学・名誉教授)
このところ、ひとり逝き、また一人逝き。暗き道なお、暗くつづく深き道なり。近頃、そんな心境の日々である。小生が長らく畏敬してきた友人知人との永別
を告げる知らせが続いてあった。悲しくてつらい、寂しくてやるせない。そんな別れのときが近頃、またきた。大塚さん、ときに柳太郎さん、ごくまれに柳さん
と呼んでいた方、その人である。なんともやるかたなき思いが、いつまでも続くから、吾が心の寂しさは、いっこうにまぎれることなどない。ともかく惜別の思
いは、むしろだんだんと募るばかりだ。終わりがない。ここでは、しばしの間、大塚さんのことを想い、柳太郎さんの人柄を偲び、長らくお世話になってきた御
縁のいくつかを懐かしみながら、思いつくままに記憶を呼び戻してみたい。
昨年の年の瀬がおしせまる頃、まるで逝き急ぐかのように卒然と、大塚さんは旅立たれたらしい。旅支度は十分だったのだろうか。あれでいて、けっこうせっ
かちなところがあった大塚さんのことだから、せわしなげにフライイング気味に出発されたのではないだろうか、と、つまらぬことばかりが気になる。
<ビールと囲碁をこよなく愛した大塚さん>
人生の長きにわたり、およそ半世紀ほどにも及ぶ、公私にまたがる私たちの交遊であった。南太平洋地域研究やポリネシア人類学などと関係するオセアニア学
会関係の学術活動や学会活動、講演や出版や教育などの諸活動を共にしながら、まるで気持ちや気分を預け合った盟友のような、あるいは戦友のごとき歳月だっ
た、かに思う。交誼にあつい御仁だった。ビールと囲碁とをこよなく愛する人でもあった。まずはビールでとばかりに、会えばまず、ビールで乾杯。さらに、そ
の昔は、いつどこを問わず、囲碁の一戦をまじえることとなった。
かくて、ビール片手にアレコレと談論。碁石を並べながらの近況談。ときに二人連れの酔っぱらいが夜遅くになって、東京ならば練馬の「大塚亭」、京都なら
ば中立売の「片山宅」に向かうこともあった。そんなふうに近しき盟友か朋友のように遇していただいた歳月を思うとき、いただいた喜びに目が熱くなる。
ちなみに、囲碁の打ち方には打ち手の性格が強く表れるもの、と宣う論者あり。そのために誰かの碁を評するとき、「筋が良い」とか「筋悪」だとか、「山賊
碁」だとか「仙人碁」とか、「美しき碁」か「清らかな碁」とか、などなど。人間の個性や品格などを形容する語を堂々と紛れこませる人が多いのだが、その伝
で言えば、大塚さんの場合、あわてず騒がず、うろたえず、品のある形の良い碁だった。たしかに「筋が良く」、適度に気持ちの乗る「淡々とした清々しい正攻
法の碁」だった。大塚さんも小生も、実は、1945
年生まれなのであった。このことを私自身が知ったのは、もしかしたら、知り合って何年かしてからだったか、と思う。いささか驚いたことを覚えている。なぜなら、同じ年の生
まれとは思えないほどに、にじみ出る貫禄のようなもの、素養・教養のようなもの、人間としての質量のようなものが違いすぎるように感じていたからだろう
(実際、彼は「早生まれ」である)。あらためて<日本の1945
年>という年、その年の特殊性について実感し、達観したような次第である。まさに日本一長い奇跡のような一年だったのだが、そんな年に
私たちたちは産まれた。だからこそ、二人が邂逅し親密になれたことは、あるいは、ちょっとした奇跡のような出来事だったのかもしれない。
<大塚さんの研究室を初めて訪ねた頃>
ところで1980
年のこと、私自身は念願が叶い、ポリネシアの海と空のはざまに浮かぶ島々でフィールド調査に参加する機会を得た。社会人類学者の畑中幸子さん(岩波新書『南太平洋の環礁に
て』1967、など)率いる海外学術調査隊に加わり、仏領ポリネシアのツアモツ諸島レアオ島などで、自然人類学関係の調査を担当した。その一環として、タ
ヒチ博物館で古い墓地の発掘調査に加わり、マラエ(巨大な古代の祭祀遺跡)で発掘された古人骨の調査などを手がけるなど吾流のオセアニア人類学研究のデ
ビューを果たした。そんな頃、大塚さんの東京大学医学部人類生態学教室を初めて訪ねた。集団遺伝学という分野の研究活動に励んでいた関係で「日本の婚姻習
俗」に関するデータが多く載る『民族衛生』という学会誌を見せていただいたときだった。この年は、吾が人生での最大の山場、あるいは節目の年となった。も
とより、人生なかばにして、なにもかもが大きく変わることになった。勤め先と居住地。それに伴う人間関係。さらには、研究テーマ、研究活動、およびフィー
ルド調査地などなど、身のまわりの多くのことが、大袈裟に言えば、ドラスティックに大転換したのだ。九州の地に大分医科大学に転任(大阪医科大学から)、
オセアニア人類学と骨考古学へ転向した(人類遺伝学から)、などなど。そんな折、石川榮吉先生(東京都立大学人文学部、角川書店『南太平洋―民族学的研
究』1979)と、吾らが大塚柳太郎さんを中心に日本オセアニア学会なる学会組織が産声をあげることになった。1982
年の頃だったか、と記憶するが生憎、その
時の事の詳細は定かでない。吾が記憶は耄碌寸前の状態にある。その学会誌、“Man and Culture in Oceania”
(略称はMCO、のちに“People and Culture in Oceania”、PCOに改称)は1984
年あたりに発刊されたのだったか、と思う。初代の学会長は石川先生、学会誌の編集委員長が大塚柳太郎さんだった、と思う。石川先生と大塚さんの薫陶よろしく、学会も学会誌
もスクスクと芽を吹き良く育っていった。1982
年になり、私自身は、大学院生時代を過ごした京都大学理学部人類学講座へ助教授での転進となった。オセアニア学会関係の雑用などで、あるいは、数多ある学術誌のバックナン
バーを見せてもらうなどのために、大塚さんの人類生態学教室を訪ねる機会が多くなっていたが、さらに、その機会が増した。
<「マーメイド・タバン(人魚亭)」を根城にした頃>
その後さらに、1985 年の頃から10
年ほどの間の頃には、大塚さんがいた東京大学医学部人類生態学教室を訪れる機会は、さらに増し、しばしばあった。その多くは、大塚さんが主宰するオセアニア学会関係のミー
ティング、学術出版物の編集、研究会やシンポジウム等の打ち合わせであった。コンスタントに年何回かはあったはずだ。毎回、私自身は楽しみで仕方なかった
(もちろん、会議そのものが、というわけではないが、後述)。さながら、オセアニア学会版「梁山泊」であった。大塚さんのいた人類生態学教室には、たいへ
ん頃合いの良い談話室、ミーティングルーム、あるいは茶飲み部屋と呼ばれる小さなスペースがあった。と言っても、正確には、どう呼んでいたのか、もう私に
はさだかでない。要するに、大学の研究室にありふれた茶飲み部屋である。会議室の入り口側の隅にあり、小さな冷蔵庫とガスコンロ、コップ類などが棚に並べ
られており、昼どきには、誰かさんが弁当などを食べていたり、スタッフや大学院生の人たちがだべっていたりもする。夜には、お茶などを飲んではるグループ
あり。まあそんな処であり、10 人前後でいっ
ぱい。そんな一角である。この茶飲みサロンの楽しみは、たいてい夕方にやってくる。早いときは、5
時過ぎを潮どきに、この談話ルームで始まるビール・タイム(文字どおり、ハッピイアワーなのだ)の始まりが至福の時間だ。ともかくビールが旨くてたまらない部屋だった(つ
まり、大塚さん御自慢のスペースだったのだ)。お腹も空いた頃合いだから、たとえばピザ、すし、サンドイッチなどの軽食類ならば、それはもうハッピーその
もの。それに退屈な会議で疲労困憊した大脳の眠気払いの刺激としては、ビールがもたらす雑談、冗談、軽口談の効果に勝るものなし。じきにワイワイがやが
や。やがては、井戸端会議風か、サロン会話団欒風か。そして論風発風の極みとなろう。いろんな話題が飛び交いながら、その小宴会は、やがて夜の時間帯に移
行していき、3 時間かそこらも続くだろう。やがて、お開きとなるだろう。だが、たまには、10 時とか11
時の遅くまで続くことがあり、そんなときは、さすがに翌日のために難儀なこともあったが、ここで醸し出される談論風発の雰囲気は誠に気分が良かった。癖になりそうなのでは
なく、十分に癖になったものだ。だから、その場から立ち去るには勇気が必要だった。
ところで、いつの頃からか、小生の手帖のメモ欄や予定欄には、「マーメイド・タバン(人魚亭)」なる怪しげな文字が登場するようになる。「東大、本郷、
人類生態学教室」とあるべき会合の場所を「人魚亭」と書くようになっていたのである。ただの秘密めかした一人だけの言葉あそびなのだが、いかにもスコット
ランドやニュージーランドにあるパブの名前のようでもあり、洒落ていやしまいか。あるいは競走馬の名前のようでもあり、スリリングなる音感を醸し出す。
吾らが「マーメイド・タバン」、つまりは大塚柳太郎さんが中心になって練りあげ、人類生態学教室の茶飲み場サロンのあたり(つまりは、その「人魚亭」の
あたりで)で企画され、編集され、やがて出版された目ぼしい何冊かの書籍を挙げておく。ちなみに④は、大塚さん御みずからがライフワークと考えたる仕事の
うちで、とくに歴史人口学に関係する研究成果を取り上げ、それを世界史の視野のなかで一般読者向けに紹介解説されたものと考える。おおいに関係がありそう
な気がするので、小生のごとき自称「大塚さん仲間」の独断と偏見のようなものの力を借りて、いささかゴリ押しを承知で、ここに紹介した次第なり。また①に
ついては、大塚さんが人類学の研究者に成られた頃に抱かれた目的意識、研究分野、研究戦略などについて意欲的に記しておられる先見の書として、あえて加え
ておきたい。
②と③とが、まさに「マーメイド・タバン(人魚亭)」の絶頂期の頃の出版成果である。この前者『オセアニア①島嶼に生きる』は、『オセアニア②伝統に生き
る』および『オセアニア③近代に生きる』とともに全3巻本として刊行された、日本オセアニア学会が創設されたことを寿ぎ、その10年後頃に出された論文集
である。さらに後者は、文部省科学研究費重点領域研究「モンゴロイドの地球」(領域代表者:赤澤
威教授、東京大学博物館)の出版事業で刊行された。その科研費補助事業のオセアニア班の研究成果を解説する総合論文集である。
{注記}
①大塚柳太郎(編集)、『生態人類学』(現代の人類学①)、「現代のエスプリ」別冊、至文堂、1983年12月発行.
②石川
榮吉(監修)、大塚柳太郎・片山一道・印東道子(編)『島嶼に生きる』(「オセアニアOceania」全3巻シリーズの①、ちなみに②は須藤健一・秋道智彌・崎山
理(編)『伝統に生きる』、③は清水昭俊・吉岡政徳(編)『近代に生きる』)、東京大学出版会、1993年4月発行.
③大塚柳太郎(編)『モンゴロイドの地球(2)、南太平洋との出会い』(全5巻の②』)、東京大学出版会、1995年6月発行.
④大塚柳太郎『ヒトはこうして増えてきた:20万年の人口変遷史』、新潮選書、新潮社、2015年7月発行.
<大塚さんに送らん惜別の句>
大塚さんは、あくまでも平易な文章が好みであり、こむずかしい面妖なレトリックを弄するタイプの人間ではなかった。ペダンティクな物言いを好むタイプで
もなかった。難解な語句や表現を口の周りや唇の端に浮かべるような趣味もなかったようだ。人間の言葉や文章は、往々にして、その人の人となりや性格を推量
する手立てとなるが、大塚さんの場合、わかりやすい文章の書き手であり、簡易明快な文章が心地よく響く、一本も二本が筋の通った硬派で好人物の表現者で
あったように思う。
英語論文の書き方などは、天才的に達者でもあった。この点でも1945年前後に産まれた私ども同世代人間には最良の鏡のような存在でした。たとえば、
オーストラリアのキャンベラにあるオーストラリア国立大学(ANU)のオセアニア研究所などにいくと、先史学のJ.ゴルソン先生やS.ウリジェアゼク博
士、R.アテンボロー博士など、大塚さんとの共通の知り合いが少なくなかった。彼らの理解は、大塚さんの英語と私らのそれとの違いは、すなわち、ブリトン
英語とキウィ英語の違いのようだ、ということでした(お恥ずかしい)。
大塚さん、ほんとうに愉快な交遊の日々を有難うございました。どうか心やすらかに、御眠りください。もうじき遠からず、私どももまた、そちらの側に向って
旅立つことになるでしょう。そのときはどうか以前と同様にビールで迎えてください。そのあとは、碁石を並べながら、近況報告とまいりましょうか。
最後に、大塚柳太郎さんを偲んで、私なりの惜別の詩句(詩句?ただの言葉?)を送りたいと存じます。ただし、これが俳句のようなものであるか否か、さだ
かではありません。いかにも、それらしい形ですが、ただの成句か常套句のようなものか。さらには、古人が作った詩文の類なのか。残念ながら定かではありま
せん。ビールのときにでも、吟味いただけたら幸甚に存じます。実は、昨年度の小生の手持ち手帖。12月分の日付が並んだページにメモしていた言葉です。つ
まり、「大塚さん御逝去」なる小生の文字メモのちかくに、同じく赤鉛筆で残していた「俳句もどき」です。
「フィヨルドの小さな駅のもがりぶえ(虎落笛)」
どちらも、小生の独特の下手字で書かれているので、小生の記述と考えて、まちがいない。ただ、この「俳句もどき」の考案者もすなわち自分なのか、となる
と、話は別問題。小生の俳句の素養がおよそないことは、ことわるまでもない。おそらくは、大塚さんに関する重要な連絡が入り、なにはともあれ急ぎ、メモし
たのではなかろうか。もう半年以上も昔のことですから、それ以上の詳細は、いっさい覚えていないのです、残念ながら。どうやら小生ももう、さきほど申しま
したように耄碌寸前の身の上、忘れることのみ多しの此の頃です。大塚さんは、まるで逝き急ぐかのように、遠すぎるところへ旅立たれた。卒然と世のしがらみ
から遠くのほうに向われた。昨年の師走のはじめの12 月6 日だったらしい。そのときは、「少々、早すぎるんやないですか」、ただただ、そんな思いが
した。その思いは、いまも大して変わらない。ともかく、いまだなお、大塚さんの不在に関する現実感がなさすぎるようだ。そんなような、そうでもないような
思いが、今なお続いている。どうもまだ、もう会える機会が一切なくなったようには思えないのだ。明日にでも、ひょっこり、大塚御大のメイルが届くかもしれ
ないのだ。ぽっかりと空になったような私の気持ちの中味。そこから忍びよる喪失感か寂寥感を伴う寂しさと虚しさ。はたまた空洞感か虚無感のごとき気怠さ
が、しのびこんできて、どうしてもぬぐい切れない。だから虚しい。もう一度、
「フィヨルドの 小さな駅の もがりぶえ(虎落笛)」
これは謎の句であり、不思議な語句が混じる。はたして誰かの句か、誰の創作か? たんなる私のメモか、私の創作か?
なにか意味があっての書き写しなのか? それ以前に、そもそも俳句なのだろうか、なんなのだろうか?
なぜゆえに、この語句、あるいは詩句が手帖の隙間に残されたのだろうか?そもそも、俳句なのかどうかも疑わしいが、誰が何を意図した句なのか?透明感あふれる初冬の澄んだ
景色を読んだのだろうか。語句も際だっており、目を引く。たぶんに私好みの語句でもあり、あるいは、小生が、誰かの俳句をメモし
たのか、ただ自分の思い付きをメモしたのか。そんなところだろうか。それでは誰の句か?あるいは、大塚さんと関係あるのか?
あるいは私自身の句か。あるいは、知る人ぞ知る誰かの出来合いの句か。いずれにしても、私自身の記憶が飛んでいるから、この句からは、深い意味は探れな
い。
もしかしたら大塚さんが、私どもの後追いを願い、道標のように遺してくれたものではあるまいか。小生のメモに託してくれたのではないか。あるいは、この
句の駅とは「海の駅」ではないだろうか。我流の読みを披露すると、ここはニュージーランドの南島の最果てに近いフィヨルドランドの地だ。もう初夏の12
月なのに、まだ寒い厳しい南風の烈風が、南極の方角から吹きつける。
それに合わせて、ひゅーひゅーひゅーひゅー、もがり笛が聞こえる。
報告①:石村 智
三元ニッチ構築モデルから見たポリネシア人の拡散
報告②:山口 徹
景観の民族考古学――経験されたトンガレヴァ環礁のマラエ(祭祀遺跡)
報告③:後藤 明
ポリネシアの航海術研究の現状
報告④:阪田菜月
地質から民族誌を考える――ラバウルでのフィールドワークから
報告⑤:諏訪淳一郎
バヌアツ・バンクス諸島民ディアスポラ・コミュニティにおける伝統芸能の再生
報告⑥:秦(南)玲子
ニュージーランド・マオリのタトゥー、タ・モコ 復興後の現在
報告⑦:岩﨑加奈絵
ハワイ語の語りにおける aku とmai:――文法形式に語り手の存在は見られるか
報告⑧:鈴木伸隆
フィリピン辺境としてのミンダナオ島入植計画の起源と展開――米国植民地期のフィリピン人テクノクラートの役割に注目して
報告⑨:古川敏明
移動するハワイ先住民――19 世紀末に来日したケアヴェアマヒの事例
報告⑩:山本真鳥
オセアニア植民地時代における非白人移住者(3)――フィジーのインド人年季契約労働者
石村 智 (東京文化財研究所)
2019
年度より開始された科学研究費新学術領域研究「出ユーラシアの統合的人類史学―文明創出メカニズムの解明―」では、人類の南北アメリカ大陸およびオセアニアへの拡散過程お
よび文明形成プロセスの解明において「三元ニッチ構築モデル」(入來
2012)の適用を試みている。これは、生物が自ら環境を変化させ、その変化が次の世代以降の進化に影響するという「ニッチ構築」の視点を踏まえ、自然と文化、心と物質を
つなぐ人間自体、人間の行為と認知に焦点を絞り、環境―認知―脳の相互作用によって人間に特異的な「ニッチ(生態的地位)」が形成されたとするアプローチ
である。
本発表ではこのうちオセアニアのポリネシア人の拡散の事例を取り上げ、熱帯島嶼環境に適応するため彼らがどのような世界の認知をおこない、文化・文明を
形成したかを概観するとともに、特にニュージーランドへ拡散し、ホームランドと異なる環境に適応したとき、その認知はどのように変化し、どのような文化・
文明を形成したかについて評価することとしたい。
山口 徹 (慶應義塾大学)
南北貿易風帯には環礁が数多く分布する。サンゴ礁の上の未固結な砂礫が州島を形成する。低平な地形で、植生は限られる。特徴の少ない空間だが、そこに人
間が住み着くことで方角が設定され、微妙な高低差が意識され、ナラティブが付与されてきた。人文主義地理学に準えれば、身体経験を通して構築・更新されて
きた景観が環礁にもあったはずである。マラエと呼ばれる東ポリネシアの祭祀遺跡は興味深い研究対象の1つだろう。しかし、考古学は痕跡の物質性を記述でき
ても、人間の具体的な経験まで踏み込むことは難しい。「景観」という概念は学際的視点を我々に求めてくる。本発表では、北部クック諸島トンガレヴァ環礁の
マラエに民族考古学的にアプローチし、経験された景観として論じる。ソサエティ諸島などの事例と同様に、方形の区画、基壇/配石、そして立石を基本要素と
するマラエである。幾何学的な建造物だが、前後左右に対称というわけではない。基壇や立石が区画の一方に偏ることで、外洋方向への指向性をもつ。区画が内
と外を限り、居住址から距離的に隔てられてもいる。これらの不均質性が儀礼の場面で立場によって異なる仕方で経験され、そうした経験の束が社会的に共有さ
れることで、マラエは景観として更新されていたと考えてみたい。経験の内容に迫れるのは、キリスト教伝来直前の 18 世紀中頃に 1
年近く滞在した米国商人ラモントの民族誌的記録が利用できるからである。
後藤 明 (南山大学)
ポリネシアの島々への移住の移住時期は近年の年代補正によると大きな謎が残っている。西部ポリネシアへ到達した集団(ラピタ)から千年以上も間隔をおい
て中央・東部ポリネシ アへと移住された点であるが、この問題には気候変動などの他に、使われたカヌーの性格や 航海術の発達である(後藤
2023「太平洋諸島」『季刊考古学:海洋進出の初原史』)。
ポリネシア航海術は民族事例では詳細が不明で、カロリン諸島のそれを援用して推測されてきた。しかしポリネシアの航海術が質的に異なる点は、(1)移動距
離が数千キロに及ぶ点、(2)南北移動、とくに星座の見え方が異なる南半球への移動(後藤
2021「オセアニアへの人類進出と認知構造」『科学』91(2))。ポリネシアでは風コンパスも用いられていたが、近年は神話の再解釈によってミクロネシアとは異なる星
座の用い方が提唱され、(e.g. Teriierooiterai 2013, Mythes, astronomie découpage du
temps et navigation
traditionnell.)、また技術の進歩によって緯度経度や時代を設定した天体シミュレーションもPC上で可能である。
演者は
2022年8月、明石市立天文科学館のプラネタリウムドーム内において、NZマオリがクック諸島からの初期移住に参照したとされる天体について、神話にもとづいてシミュ
レーションし、星座の動きを疑似体験することができた。本発表ではポリネシア人の航海術研究の現状を概観し、明石でのシミュレーション結果について報告し
たい。
後藤 明(2021)「オセアニアへの人類進出と認知構造」『科学』91(2)
後藤 明(2023)『環太平洋の原初舟:出ユーラアシア人類史への序章』南山大学人類学研究所モノグラフ1
Teriierooiterai, C. (2013) Mythes, astronomie découpage du temps
etnavigation traditionnell. Ph.D.
dissertation. Papeʻete, Université de la Polynésie Français.
阪田 菜月 (早稲田大学)
本発表は発表者が2022年11月~翌年1月にかけてPNG のRabaul
地域で行ったフィールドワーク予備調査の報告並びに今後の研究展望を説明するものである。
PNGのRabaul
地域では長年にわたって伝統的な貝殻通貨であるtambuと社会経済を主要な関心とする研究が蓄積されてきた。Rabaulに暮らすTolaiの人々はPNGの中でも早期
に西洋と邂逅した集団の一つであり、外部からもたらされた貨幣経済に伝統的な貝殻通貨を接続させたことで資本主義に適応した経済的成功者として知られてい
る。
他方、RabaulはRabaulカルデラを中心とした分厚い火山灰層の上に広がる地域であり、現在でもTavurvurとVulcanの2つの活火山
がある。この二つは1994年に大規模な噴火を同時に起こしている。
噴火によってRabaulからkokopoへ州都が移転し、現在のRabaul地域社会の勢力関係に火山が影響していることに加え、脆く白色の地層は水
不足の発生しやすい川の少ない地形と、農耕に適した肥沃な土壌をもたらすなど、火山とそれに起因するRabaulの土壌は人々の生活に大きく影響してい
る。
これらに基づき、本発表は近年人類学に限らず多くの学問諸分野において共有されている「自然について考える」という課題に火山や地質という視点を通じた
アプローチを行うことを提案する。1990
年代以降活発になった人類学における自然をめぐる議論=存在論的転回を参照しながらどのような記述が人類学に可能なのかを検討し、21世紀に登場した概念である「人新世」
について再考する。
諏訪淳一郎 (弘前大学)
バヌアツのエスピリトゥサント島ルーガンヴィル市近郊に、バンクス諸島にルーツを持つディアスポラ・コミュニティがある。その一つであるレウェトン・コ
ミュニティは、政府によって住宅地として払い下げられた元ココヤシ農園の中に立地する、50世帯にも満たない集落である。住民は様々な職で生計を立て、近
隣同士でゆるやかな紐帯を保ちながら暮らしている。コミュニティの担い手は、ルーガンヴィルなどで生まれ育った第2世代以降の家族である。また、既婚女性
の多くは結婚を機に他郷からレウェトンに移住している。こうした背景によって、レウェトンの内部ではビスラマとバンクス諸島の固有語のひとつである
Mwerlep という二つの言語が用いられている。
バンクス諸島には「ウォーターミュージック」と呼ばれる伝統芸能が存在する。本来は雨乞いの儀礼で、腰まで水につかった女性が上肢を使って、歌いながら
水を掻きまわすことによって音楽を奏でる。水をかき回すことによって波や飛沫を上げ、また雷を模倣する音を出すことが降雨につながるという信仰がかつては
存在したのである。
しかし、ポストコロニアルな時代を生きるレウェトンで再生されたウォーターミュージックには、何重もの意味の層を見ることができる。それらの層はコミュ
ニティを取り巻きながら存立させる相互作用として観察できる。本発表では、これらの層の重なり合いに注目しながら、現代メラネシア社会に存続する伝統芸能
の場について考察していきたい。
秦(南)玲子 (日本文化人類学会)
ニュージーランド・マオリ(以下マオリ)の伝統的タトゥーであるタ・モコは、ヨーロッパ人との接触後、20世紀半ばに断絶、空白の期間を経て、1980
年代以降、彫師主導の復興運動の結果、復興を遂げた。
発表者は、2009年から2014年頃までニュージーランドで断続的にフィールド調査を行い、復興や実践の担い手、タ・モコと世界的なタトゥーとの緊張
関係や絡まり合いを明らかにしてきた[秦 2012 京都大学大学院提出
修士論文]。タ・モコ復興は、世界的なタトゥーやギャングのタトゥー(「パケハ(白人)」の「Tattoo」)と異なる、「マオリ」の伝統的芸術としてタ・モコを再主張す
る過程であった。
本発表は、2022年12月末~2023年1月初旬、およそ10年ぶりに行った現地調査の報告である。10
年の時を経た変化として、顔にモコを纏う人々や彫師の増加、用語の変化、彫師の活動や経済的な戦略の変化などを紹介する。彫師たちのカウパパ(目的)は、復興の過程にあっ
た 10
年前の「パケハのタトゥーとの差異化」「タ・モコ復興」から、「男性の顔のモコ(モコ・カノヒ)の増加」「人々を癒やす」「世界的な先住民タトゥー文化とのつながり強化」
など、多様化している。もう一度「日常」の世界に生き始めたタ・モコの今を紹介する。
岩﨑 加奈絵 (日本学術振興会/東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)
本発表は、ハワイ語の「語り」における方向詞 (directional)
の、語り手による使用傾向の差異の有無に関する試論である。方向詞は、主に動作を表す語に後続し、その動作が展開する方向を示す任意の機能語である。ハワイ語では
aku (thither)・mai(hither)・aʻe (upward)・iho (downward) の 4 語があり、例えば
hele「歩く・動く」と共起し、hele aku「行く」・hele mai
「来る」・hele aʻe「のぼる」・hele iho「くだる」となる。近縁の言語にも同種の要素が見ら
れ、ハワイ語と最も近い関係にある言語のひとつであるマルケサス語の narrative では、atu・ mai
の使用に、語り手と語りとの距離感が示されると論じられている (Cablitz 2006: 439-444)。本発表はこれに基づき、岩崎
(2018) の方向詞のテキスト別出現数データを活用しつつ新し
いデータを加え、Lāʻieikawai、Kawelo、Hiʻiakaikapoliopele の 3編の物語における方向詞 aku・ mai
の出現を比較し、aku・mai の比率や総語数に占める割合には、書き手(あるいは物語)による差異が僅かながら見られるものの、Cabilitz
(2006) がマルケサス語について示した特徴はハワイ語では見られない、という見方を提示する。
Cablitz, Gabriele H. 2006. Marquesan; A Grammar of Space. Berlin, New
York: Mouton de Gruyter.
岩﨑加奈絵 2018『句の中核部を形成するハワイ語の機能語―ʻana と方向詞を中心に―』 東京大学大学院人文社会系研究科(博士論文)
コーパスに使用した文献
Elbert, Samuel H. 1959. Selections from Fornander’s Hawaiian antiquities
and folk-lore. Honolulu:
University of Hawaii Press.
Haleʻole, S. N. 1997 [1863]. Ke kaʻao o Lāʻieikawai. Hilo:Hale Kuamoʻo,
Ka HakaʻUla o
Keʻeliokōlani.
Hoʻoulumāhiehie. 2006. Ka moʻolelo o Hiʻiakaikapoliopele. Honululu;
Awaiaulu Press.
鈴木 伸隆 (筑波大学)
20世紀前半期に始まる国家主導のフィリピン・ミンダナオ島入植計画では、米国に留学したフィリピン人テクノクラートが大きな役割を果たしてきた。米国
で農業の学士号を取得したホセ・サンビクトレスは、その1人である。彼は、1924年に米国カリフォルニア州政府主導のカリフォルニア入植計画を範にとっ
た、私案「フィリピンのための入植計画」を構想している。同案はミンダナオ島の経済的停滞を憂慮した米国人植民地官僚から好意的に受け止められたが、フィ
リピン人立法府議員は辺境への多額への予算配分を拒むなど、入植計画に消極的だった。1934年になると、米国カリフォルニア入植計画と酷似する入植法が
成立した。しかし、その目的は食料増産のためではなく、ミンダナオ島への日系人移民の存在感が増し、米国による日本脅威論が叫ばれたことから、「日本人入
植阻止」へと転換された。サンビクトレスの構想をもとにしたミンダナオ島入植計画は、1939年の国家入植事業団計画として実現したが、そこでも開拓村予
定地は日系人コミュニティーを包囲するように設計された。こうした一連の方針転換の裏には、日系人による入植を独立後のフィリピンの最大の脅威とみなす米
国の懸念がある。本発表では、フィリピン辺境開発のためにテクノクラートが果たそうとしたトランスナショナルな知の受容という役割に注目することで、それ
が米国の介入によって、本来の趣旨から逸脱し、フィリピンの安全保障問題対策へ偽装される過程を明らかにしたい。
古川 敏明 (早稲田大学)
ハワイ史において王国・日本間の人の移動は重要なトピックである.しかし,日本からの移民については多く論じられてきた一方,ハワイから移動した先住民
については研究の蓄積が少ない.1881年にカラーカウア王が来日したことは例外的によく知られており(e.g., Greer
1971),その後,1884年に政府高官のカペナが来日し,官約移民の送り出しに向けた準備が進められた.カペナは国費留学生のアイザックとジェイムズ兄弟を連れて来日
し,2人は学習院の初等科などで学んだ(Quigg
1988).本発表が論じるのは,銃剣憲法のクーデターの影響で1887年に帰国した兄弟と入れ替わる形で1888年に来日したデイヴィッド・ケアヴェアマヒという人物で
ある.
当時40歳前後だった彼の来日目的はハンセン病治療という私的なものだった.つまり,国家間の関係強化や留学を目的とせず,ハンセン病患者の隔離政策と
いう国家による管理を逃れて海外に渡ったという側面があった.彼は 1893
年に一度帰国するが,数ヶ月後に再び来日し,1900年に亡くなるまでおよそ12年間日本に滞在した.この間,ケアヴェアマヒがハワイ語で綴ったいわば日本観察記が「日本
からの手紙」という見出しで複数のハワイ語新聞に掲載された.本発表では,ケアヴェアマヒの手記と関連資料の分析を通し,彼が自らをどのように位置付けて
いたのかという自己認識と経験について論じることで,従来とは異なる19世紀末のハワイ先住民像の事例を提示する.
山本 真鳥 (法政大学)
フィジーのプランテーション開発は、サモアと同じ頃1865年頃であり、アメリカ合衆国の南北戦争のために綿花市場が高騰したことによるものである。当
時、フィジー人はプランテーション労働を拒否したので、ソロモン諸島やニューヘブリデス諸島からのブラックバーディングで連れてこられたメラネシア人らを
用いていた。また、フィジー国内の戦争で捕虜とされた人々も人身売買の対象となった。ただ彼等は生涯ではなく、5年間の年限つき奴隷であった。
その後、フィジーの割譲や、反植民地勢力との戦いを経て、総督アーサー・ゴードンの提案により、当時綿花栽培に取って代わり育ちつつあったサトウキビ・
プランテーションの労働力として、インドから年季契約労働者を導入することとなった。1879年から1916年に制度が終了するまでの間、6万人余りがこ
の地に連れてこられた。5年契約の後、帰国は可能であったが、その費用は自分で負担しなければならなかった。2期目の契約後になると政府の費用で帰国する
か、残るかの選択となった。帰国事業は制度終了後も続き、最後の帰還船は1951年となったが、その後も、シドニーまで船便でその後飛行便を利用する帰国
の制度が存在した。しかし、残留した人々の数は多く、現在でもインド系住民のコミュニティが存在している。その点が、サモアとは大きく異なっているのであ
る。
日本オセアニア学会第19回評議員選挙が以下の通り実施され、15名の評議員が選出されました。
公示日:2023年1月16日
投票締切日:2023年2月1日
開票日:2023年2月13日(於:東京文化財研究所)
選挙管理委員:石森大知(委員長)・倉光ミナ子・佐本英規・藤井真一・渡辺文
第19期評議員(50音順)
石村智・梅崎昌裕・小谷真吾・河野正治・倉田誠・倉光ミナ子・小林誠・佐本英規・
田所聖志・丹羽典生・馬場淳・深川宏樹・福井栄二郎・藤井真一・渡辺文
第19回評議員選挙管理委員会
2023年3月14日に第19期日本オセアニア学会評議員会が開催され、以下の通り会長、理事及び会計監査・幹事が選出されました。
<会長>
〇栗田博之
<理事>
〇石村 智 庶務
〇小林 誠 会計
〇河野正治 PCO
〇小谷真吾 情報化
〇田所聖志 NL
〇藤井真一 研究集会・関西例会
〇佐本英規 渉外・モノグラフ
<評議員>
梅崎昌裕
倉田 誠
倉光ミナ子
丹羽典生
馬場 淳
深川宏樹
福井栄二郎
渡辺 文
<幹事・監査>
〇中澤 港 会計監査
〇深山直子 会計監査
〇紺屋あかり 関東例会
〇塚原高広 PCO
第19期日本オセアニア学会評議員会
2023年3月15日(水)、第40回日本オセアニア学会総会が対面+オンラインで開催されました(幹事校:同志社女子大学)。議事は、以下の通りで
す。
1. 2022年度決算
・ 2022年度決算(2022年3月1日~2023年2月28日)について、小林誠会計担当理事より報告があり、承認されました。
・ 会計監査の桑原牧子会員と馬場淳会員により適正に処理されていることが確認されました。
2. 2022年度事業報告
下記の事業報告があり審議され、承認されました。
・People and Culture in Oceania vol.38の刊行(67 pages.:Article 4本)
・NEWSLETTER no.133、134、135の刊行(論文1本、報告4本、新刊紹介3本)
・研究例会の実施
関東地区 2023年2月11日 対面+オンライン開催 発表2本、コメント2本
関西地区 2023年2月4日 対面+オンライン開催 発表2本、コメント2本
・第40回研究大会・総会の実施
2023年3月15日 対面+オンライン開催(幹事校:同志社女子大学)
・JCASA等の活動
・第22回日本オセアニア学会賞について
報告事項参照
・第19期評議員選挙の実施
会長、理事及び会計監査・幹事の選出
3. 2023年度事業計画
下記の事業計画が審議の結果、承認されました。
・People and Culture in Oceania vol.39の刊行
・NEWSLETTER no.136、137、138の刊行
・関西地区・関東地区研究例会の実施
・第41回研究大会・総会の実施
・JCASA等の活動
・石川榮吉賞の選考
・第23回日本オセアニア学会賞の募集
- 57 -
4. 2023年度予算案
2023年度予算(2023年3月1日~2024年2月29日)について、小林誠会計担当理事より説明があり、承認されました。
報告事項
1.第22回日本オセアニア学会賞について
受賞者:佐本英規会員(筑波大学)
受賞作品:『森の中のレコーディング・スタジオ―混淆する民族音楽と周縁からのグローバリゼーション―』(昭和堂、2021年)
2.その他
・次回の研究大会・総会について
開催予定地:国立民族学博物館(幹事:小野林太郎会員)
・PCOバックナンバーの電子化(J-STAGEへの登載)について
・後援事業について
(1) 国立民族学博物館企画展「海のくらしアート展―モノからみる東南アジアとオセアニア―」2022年9月8日~12月13日
(2) 日本熱帯生態学会第32回年次大会(JASTE32)
ダイバーシティ推進サテライト企画「フィールドワークと月経をめぐる対話―熱帯に暮らす人・動物・フィールドワーカー―」2022年6月19日
(3) 東京外国語大学TUFS Cinema『モアナ 南海の歓喜』上映、2023年1月8日
受賞者: 佐本英規 会員
対象著作: 『森の中のレコーディング・スタジオ―混淆する民族音楽と周縁からのグローバリゼーション』(昭和堂、2021年)
選考理由
本書は、20世紀末の音楽におけるグローバル化の進展するなか、ソロモン諸島マライタ島アレアレの竹製パンパイプ演奏集団に焦点を当て、ローカルな演奏
実践とグローバルな音楽産業との接続を見据えた意義深い民族誌である。同時に西欧の音楽産業による異質な他者(メラネシアの竹製パンパイプ演奏)を取り込
む力学に対応した、現地アレアレ側の実践や反応を描いた研究として高く評価することができる。
現在でもアレアレの人々は、竹製パンパイプの演奏は演奏者たちに財を与えるように仕向ける呪力をもつものと理解しており、クランに関わる竹製パンパイプ
制作や演奏は、西洋的な音楽概念とは相いれないものだった。そこでは断絶こそしていないものの、呪力の強い「土地の竹製パンパイプ」と「今日の竹製パンパ
イプ」の区分が人々によって認識されてきた。
佐本氏は「土地の竹製パンパイプ」が祖先の演奏を模倣した短いフレーズが、祭礼で、交換財を目指して繰り返され、これが村作業の掛け声等と共鳴すると様
態を分析する。そしてこの演奏はチューナや音階によって再演が容易な綺麗な演奏と解釈され、興行、レコーディング、ワールドツアーで演奏され、「表象とし
ての音楽」となる。しかし一方、祖先の演奏とも解釈され、関係者への食事の要求、関係者の不幸への配慮が問題とされる。
竹製パンパイプ演奏集団のポイアラトの村を中心とした演奏が興行、CD化、ワールドツアー等を通じてワールドミュージックと位置付けられる過程は「文化
的出会い」と「音楽的媒介」とすることも可能である。とくにチューナなど西洋音楽の技術により、経験的奏法が機械合理的になって行く中で、演奏に在地の意
味が取り込まれて行くことで演奏の新たな価値ができていく過程、また一方で商業化されていく過程の分析がなされている。
本書は著者が現地の人々に密着し、楽器制作の現場や現地での録音に立ち合い、自ら演奏し、さらに通訳として日本のロックフェスティバルにまで参加した実
践過程の記述がなされている。このようにグローバルな音楽産業の進出に対して、アレアレの演奏者側の視点から捉えた一次資料は、オセアニア音楽学において
貴重なものと評価することができる。ソロモン諸島ないしオセアニアの「現地音楽」が新しいテクノロジーや外の目線を意識してどのように混淆しているのか
を、日本との関係にも意識しながら分析している点も評価される。
以上により、この作品を学会賞に推薦することで委員全員が一致した。
■第22回(2022年度)日本オセアニア学会賞選考委員会
後藤明(委員長)、風間計博、柄木田康之、小西潤子、山内太郎
2023年度日本オセアニア学会賞選考委員会
1.
本学会賞受賞資格者は本学会会員で、対象となる著書または論文の刊行時に原則として40歳未満とする。対象となる著書または論文は1編とし、2022年1月1日から
2023年12月31日までに刊行されたものとする。なお、該当する著書または論文が複数の著者によるものの場合は、筆頭著者のものに限定する。
2. 候補者の応募は自薦あるいは本学会員からの他薦による。他薦による場合は、他薦者は被推薦者(候補者)の了解を得ていることが望ましい。
3.
自薦の場合は、選考対象となる著書または論文について、1部以上を日本オセアニア学会事務局宛に送付するものとする。送付に際し、連絡先(住所、E-mailアドレス)を
明記するものとする。
4.
他薦の場合は、推薦者の氏名と被推薦者(候補者)の氏名、被推薦者の連絡先(住所、E-mailアドレス)、および被推薦者の選考対象となる著書または論文名を明記する。
雑誌論文の場合は、雑誌名、巻号、出版年を、著書の場合は著書名(分担執筆の場合は、担当章のタイトルと著書のタイトル、編者名)、出版社、出版年を明記
する。この場合も、著書または論文を日本オセアニア学会事務局に送付することが望ましいが、送付されていない場合でも受理する。なお、推薦理由が必要であ
ると判断する場合は、200字以内の推薦文を添付してもよい。
5. 応募期間は 2023年11月1日から2024年1月15日まで(必着)とする。
6. 送付先は下記とする。自薦の場合は、著書または論文を同封する必要があるので、郵便ないしは宅配便で送付することし、他薦の場合は郵便以外に
E-mail でも受け付けることとする。
(日本オセアニア学会事務局)
〒110-8713 東京都台東区上野公園13-43
東京文化財研究所 無形文化遺産部 音声映像記録研究室(石村行)
TEL 03-5809-0428 FAX 03-3823-4854
E-mail:secretary[アットマーク]jsos.net
7. 事務局は自薦および他薦の書類を受領してから1週間以内に、受領した旨の連絡をし、受領書類を選考委員長へ郵送する。
8. 2024年1月16日以降、選考委員会は厳格な審査を行い、その結果を本年度の本学会総会の開催前に理事会に報告する。
<注 記>
1. 応募者はPCOに論文を掲載したことがあるか、掲載したことがない場合は、受賞後数年内に PCO へ投稿することが望まれます。
2. 選考を円滑に進めるため、すでに刊行されている書籍または論文については、募集期間が始まり次第、速やかに、応募して下さるようお願いします。
3. オセアニア地域に関わるあらゆる研究分野の作品が対象となっています。
日本オセアニア学会賞規定
第1条(目的)
日本オセアニア学会はオセアニア地域における人間、文化、社会、環境などの研究の振興を目的とし、「日本オセアニア学会賞」を制定する。
第2条(資格)
日本オセアニア学会員であること。
第3条(対象)
オセアニア地域研究に関し、前年度及び前々年度において最も優秀な著書又は論文を公にした個人。但し、刊行時において原則として満40歳未満の者とする。
2 賞の授与は各年度1名とする。
第4条(選出方法)
賞の選考は理事会が委嘱した5名の日本オセアニア学会賞選考委員が行う。
2 以上の選考結果に基づき理事会が受賞者を決定する。
第5条(賞の授与)
賞の授与は日本オセアニア学会総会で行う。
第6条(賞状等)
受賞者には賞状等を授与する。
附則
この規定は平成13年4月1日より施行する。
附則
本規定の改定は令和2年7月31日より施行する。
山本 真鳥(著)
『オセアニアの今――伝統文化とグローバル化』
(明石書店、2023年8月刊行、2,800円+税)
某出版社からお誘いを受け、2019年4月から2021年4月まで、18回にわたって月1回の割合でウェブマガジンに記事を書いた。もちろん休んだ月も
あるので、25回とはならなかった。現代のオセアニアを少しでも知る手がかりとなるテーマを選んで記事とした。学術論文ではないが、学術論文、学識を背景
としたエッセイを書いたつもりである。論文では書けない映画評もあり、オセアニアの現在のトピックに触れたものもある。以下が目次である。
序章 オークランド芸術祭の現代劇
第1章 脱植民地化と文化の創造
第2章 ラグビー!ラグビー
第3章 文化としてのタトゥー
第4章 サモアのお金、ファイン・マットの謎
第5章 オセアニアのお金の話
第6章 航海術の復興
第7章 日本に建ったサモアの家
第8章 2本の『モアナ』映画
第9章 『ファミリーツリー』とハワイの土地
第10章 太平洋諸島と疫病
第11章 オセアニアの環境、沈む島とゴミ問題
第12章 クーデターと民族紛争
第13章 オセアニア・アート
第14章 オセアニアの現代アート
第15章 オセアニアの観光開発
第16章 遺骨等の返還、文化財の返還
もともと筆者はサモアの儀礼交換の研究をもっぱらに行っており、その意味で、第4章、第5章は山本の研究の一環を改題したものである。また最近の研究と
しては、太平洋芸術祭(第1章)があり、オセアニア・アートも最近終了した研究テーマである。第13章、第14章がそれにあたる。第15章も、科研費研究
こそないが、サモアに関しては調査に行く都度データを集め、既に論文も書いている。映画は好きなので、『モアナ』2本も『ファミリーツリー』も既に見てい
た。ラグビーは結構好き――いわずと知れたオールブラックス・ファンである――で、2011
年の大会から、ネットで視聴していた。ラグビーユニオンのワールドカップは、ダイジェスト版もフルゲーム版もオンラインで視聴できることを読者はご存知だろうか。その他、
全く知らなければテーマを選べないので、ある程度は知っていたが、毎月相当調べる時間をとって、文献やオンライン調査を行った。その意味では大変充実した
2 年間であったし、何より私自身が楽しむことができた。
『オセアニアの今』で描いたのはオセアニアの現在の姿であるが、そこに大きな影響を及ぼしたのは植民地化と、近年のグローバリゼーションである。植民地
化により、欧米人の入植者が入ってきて主人となった。19
世紀にはプランテーション開発のためにハワイ、フィジー、サモアにアジア人移民労働者を入れた(もっとも、ソロモン諸島やヴァヌアツからフィジー、サモア、オーストラリ
ア・クイーンズランドに労働者を連れて行くという流れもあった)。一方第二次世界大戦後に生じたのは、太平洋諸島から環太平洋都市への移民である。移民と
ホームランドの交流は多くの変化をもたらしたが、主として1970
年代に始まる極小島嶼国の独立とグローバル化もまた多くの変化をもたらしている。しかし、彼らの伝統文化が消えたわけではなく、グローバル化の中で新たな発展の道をたどっ
ている。その複雑な入れ子状態をエッセイの形式で描くのが本書の企てである。「今」を描いたが、その背景となる歴史にも目を光らせた。
ウェブマガジンを書くということは初めての体験であったが、新しい出版のフォーマットとして大変好ましいものであった。写真はカラーで好きなだけ使える
し、YouTube
などにリンクを貼れば、簡単に動画にもつなぐことができる。一方、著作権のある写真の扱いはなかなか難しいが、それも、Wikimedia
などを参考に利用可能なものがあることもわかった。新しいメディアに目を見晴る経験をして、この仕事は忙しかったが、おおいに楽しんだといえる。
しかし、オセアニア関係者からは好評であったが、なかなかオセアニアの専門家でない人には届かず、やはり書籍化を試みたいと考えるようになった。幸い明
石書店が興味をもってくださったので、ここから出版することとした。第1回を序章とし、1回分を割愛して、章の順番を入れ替えて、書籍版の構成とした。紙
媒体となると、カラー写真は原則使えないし、動画は無理である。カラー写真は
表紙に何枚か使ったものの、本文中に入れることは難しかった。しかし、歴史写真やパブリックドメインのものなどを利用して、著者撮影のものの他に珍しいも
のも白黒ながら掲載してある。また、動画はQR
コードを掲載することで、スマホ、タブレットなどで簡単に閲覧することを可能とし、紙媒体ながら、できることを行った。
是非、読者には新しい形の紙媒体書籍の体験をしていただきたいと思う。
(山本 真鳥)
2023年度の研究大会・総会及び地区例会の告知
日本オセアニア学会会長 栗田 博之
2023年度の研究大会・総会につきましては、小野林太郎会員(国立民族学博物館)のもと準備を進めております。開催場所や開催方法などの詳細につきまし
ては追ってホームページ、メーリングリスト等でお知らせします。また地区例会につきましても、各地区担当の理事や幹事のもと準備を進めておりますので、詳
細については決まり次第、ホームページ、メーリングリスト等でご連絡いたします。
関東地区研究例会幹事 河野正治
2022年度の関東地区研究例会を以下の通り実施した。
【開催日時】2023年2月11日(土)14時00分~17時30分
【開催方法】東京都立大学南大沢キャンパス1号館107室(ハイフレックス開催)
【プログラム】
14:00~14:05 開会
14:05~14:55 片岡真輝(東京外国語大学)「フィジーにおけるパシフィック・アイデンティティに関する一考察」
14:55~15:10 コメンテーター: 黒崎岳大(東海大学)
15:10~15:40 全体での討論
15:55~16:45 四條真也(関東学院大学)「男性フラにおける身体性の現在」
16:45~17:00 コメンテーター: 三崎舞(非会員・オックスフォード大学)
17:00~17:30 全体での討論
17:30 閉会
本年度の関東地区研究例会では、2022年度に関東の大学にご異動された片岡真輝さんと四條真也さんをお迎えし、最近のご研究についてご発表をしていた
だいた。
片岡さんは、ディアスポラ論と集合的記憶論の知見をもとにインド系フィジー人と先住系フィジー人の関係について考察を行い、フィジーの民族間関係が政治
環境の変化を通じて再編されるなかで「フィジー人」や「パシフィカ」の枠が拡張されつつあることを論じた。コメンテーターの黒崎岳大さんは、戦略的な位置
取りとしての「パシフィカ」を超えたインド系フィジー人のアイデンティティを提示することでさらなる研究の進展が見込まれるという指摘をはじめ、インド系
フィジー人の今日的な在り方にかかわる複数の論点を提示した。
四條さんは、先住ハワイ文化の復興運動としての「ハワイアン・ルネサンス」をジェンダーという観点から取り上げ、フラにおける男性性の復権が重要な課題
であると指摘すると同時に、強靭な肉体の構築を志向する男性フラ演者の身体性の現在について論じた。コメンテーターの三崎舞さんは、現代のフラにおける男
性性の強調には抑圧のシンボルを抵抗のシンボルとして逆利用する側面があるという解釈の可能性をはじめ、現代ハワイにおける先住民と文化復興にかかわる複
数の論点を提示した。
初めてのハイフレックス型開催となったが、合計21名(対面9名・オンライン12名)の参加のもとで活発な質疑応答が行われ、本研究例会は盛況のうちに
終わった。
関西地区研究例会幹事 平野智佳子
2022年度の関西地区研究例会を以下の通り実施した。
【開催日時】2023年2月4日(土)13時30分~17時20分
【開催方法】国立民族学博物館 第2セミナー室(Zoomを用いたハイフレックス開催)
【プログラム】
13:30~13:35 開会
13:35~14:35 発表者:奥田梨絵(神戸大学 国際協力研究科)
「ミクロネシア連邦の現代首長制社会における学校教育の役割:ポーンペイ島の予備的考察」
14:35~14:50 コメンテーター: 河野正治(東京都立大学 人文科学研究科)
14:50~15:20 全体での討論
15:35~16:35 発表者:三原一郎(神戸大学 保健学研究科)
「ムスリム墓地受け入れから見た、コミュニティの他文化・宗教受容」
16:35~16:50 コメンテーター: 鈴木伸隆(筑波大学 人文社会系)
16:50~17:20 全体での討論
17:20 閉会
本年度の関西地区研究例会では、それぞれの研究テーマに関して本調査を控えている会員2名を発表者として招待し、研究背景や問題意識、今後の展開を発表
していただいた。
奥田梨絵会員は、ポーンペイ島における首長制と学校教育の概要を説明し、研究課題を示した上で、修士論文で扱ったマーシャル諸島の事例を参照しながら、
ポーンペイ島の学校教育の位置づけに関する予備的考察を行った。コメンテーターの河野正治会員は、ポーンペイ島のみでは完結しない学校教育の地域的広がり
を視野に入れる可能性について触れるとともに、先行研究と分析モデルのずれを指摘し、議論の再整理と今後のアンケート調査の見直しを提案した。
三原一郎会員は、別府と神戸のムスリム墓地の事例をあげ、在日ムスリムと日本人コミュニティとの間に発生する対立をどう乗り越えるかについて、他文化・
宗教の受容に着目しながら考察を行った。コメンテーターの鈴木伸隆会員は、ムスリム墓地に関連する課題は、異郷である日本に暮らすムスリムを考える上で現
代的意義があると指摘した。その上で「在日ムスリム」というカテゴリー設定の問題点や、ムスリムの土葬を「教義」のみに還元することのリスクを指摘した。
関西地区研究例会の参加者は合計18
名であった。討論の際には、フロアから多くの質問、コメントがあり、発表者との間で活発な議論が交わされた。いずれの研究発表でも、発表者の本調査に向けての有意義な助言
やコメントがあり、本研究例会は盛況のうちに閉会した。
石森大知・黒崎岳大(編)『シリーズ地域研究のすすめ ようこそオセアニア世界へ』 (昭和堂、2023年2月28日)
本書は、昭和堂「シリーズ地域研究のすすめ」として刊行されたオセアニア地域研究の入門書・教科書である。オセアニアは日本の一般的な読者にとってマイ
ナーな地域というべきであろう。とはいえ、オセアニアの大部分を占める太平洋に目を向ければ、そこは地球表面積の約3分の1を占める広大なエリアであり、
またその島々は日本人にとってマイナーといっても日本から地理的に遠く離れているわけでもなく、ともに太平洋に面する「島国」という点で共通する近しい隣
人と考えられるだろう。このような、いわば本学会会員にとっては自明ともいえる「はじめに」から本書は書き起こされる。
本書は3つの部、序章を含む17の章および17のコラムから構成される。第Ⅰ部「自然と地理」は、先史時代の内容を含むとともに、オセアニアの多くの地
域に通底する基層的な自然や地理、そして言語などのテーマを扱うものである。この部の各章を紹介すれば、第1章「考古」、第2章「地理」、第3章「島
嶼」、第4章「海洋」、第5章「言語」となる。第Ⅱ部「歴史と社会」では、オセアニア世界が西洋人と接触して以降の歴史と社会・文化的な変容を主に扱い、
植民地化から国家独立を経て、近代的諸制度を整えていく様相が描かれる。各章は第6章「歴史⑴」と第7章「歴史⑵」、第8章「文化」、第9章「産業」、第
10章「教育」、第11章「法律」からなる。最後の第Ⅲ部は「現代的課題」とし、国際協力や地域間協力を始め、主に21世紀におけるグローバルイシューへ
の取り組みについて扱う。各章は第12章「気候変動」、第13章「開発援助」、第14章「観光と文化」、第15章は「地域協力」、第16章は「オセアニア
と日本」である。なお、各章に付されたコラムでは、内容理解の一助となるよう、主に当該章に関連する事例やエピソードなどが紹介される。
本書全体を緩やかに貫くキーワードは、「同時代性」と「海洋性」である。ここでは紙幅の都合上、前者にのみ言及したい。同時代性に関する学問的な議論そ
のものは30年以上も前からなされており、時代錯誤も甚だしいという意見もあるだろう。にもかかわらず、あらためて本書で同時代性を強調する理由は、それ
だけ日本人にとってオセアニアが同時代世界の一員とみなされてこなかったという筆者自身の現状認識による。オセアニアを辺境とみなしてきたのは我々であ
り、そのようなイメージの創造は実際のオセアニアとは無関係に生じている。であるとすれば、我々の側にこそ自己変革が求められるのであり、それを意識する
ためにも同時代性というキーワードは有効と考えるからである。そして、この点は日本オセアニア学会においても重要なテーマとして扱われてきた。
本書の内容からやや逸れるが、本学会創立50周年が近づいている。こうした節目の年を記念するこれまでの刊行物やシンポジウムなどで、「辺境としてのオ
セアニア観をいかに払拭するか」という点は度々検討されてきた。石川が創立15
周年記念論集の巻頭で「日本が・・・ヨーロッパの辺境に位置付けられたオセアニアを、ヨーロッパ中心史観に引きずられて、日本にとってもまた辺境であると錯覚してきたのも
不思議ではない」(石川
1993:iii-iv)と述べたのは1993年である。その後、吉岡は創立30周年記念の『オセアニア学』で辺境としてのオセアニア観の継続を確認し(吉岡
2009:ⅱ)、さらに創立40周年を記念するシンポジウムを経て刊行された論文でも「そうしたオセアニア観は大きな変化を見せていない」と述べ、「文化
相対主義の進化主義に対する敗北」との診断を下している(吉岡
2021:2)。同論文ではさらに踏み込んだ議論がなされ、オセアニアを「楽園」「秘境」扱いするのは論外であるが、加えて「「現在的問題=近代社会の日常生活と接点を持
つ問題」をテーマとして取り上げること」も、人口に膾炙する進化主義的なものの見方の前では結局のところ意味をなさないとされるのである(そして吉岡はオ
セアニアの「名もなき人々」ではなく、「エリート」に焦点を当てることを提唱している(吉岡 2021:17-18))。
ただ、吉岡の見立てはやや悲観的ではないだろうか。近年、本書を含めオセアニアを包括的に扱う入門書・教科書の刊行がそれなりに続いている(石森・丹羽
2019;梅﨑・風間 2020;棚橋他
近刊予定)。これは日本におけるオセアニアに対する知的な興味関心の高まりを示している、と言いたいわけではない。むしろ出版社が企画する地域研究的なシリーズの1つにオ
セアニアも加わったというニュアンスが強いかもしれない。しかし、そのような形でオセアニアに関する情報、それもとくに専門家がフィールドワーク調査で収
集した生きた情報が広く一般読者に届く環境が整ってきたのもまた事実である。たしかに依然として辺境のオセアニア観が一般的に流通しているといえるが、そ
れ以前にオセアニア島嶼部は一部を除いてほとんど知られていないのが実情だとすれば、出版社や関係機関の力添えも得つつ、一般読者に対して地道に発信し続
けることに意義はあるだろう。また、多くの研究者がそのような自覚を持って取り組むようになったことも大きい。本書がそうした取り組みの1つとして少しで
も貢献できれば望外の喜びである。(石森大知)
<参照文献>
石川栄吉
1993 「日本のオセアニア学」大塚柳太郎・片山一道・印東道子編『オセアニア1 島嶼に生きる』東京大学出版会、iii-xi 頁。
石森大知・丹羽典生(編)
2019 『太平洋諸島の歴史を知るための60章――日本とのかかわり』明石書店。
梅﨑昌裕・風間計博(編)
2020 『オセアニアで学ぶ人類学』昭和堂。
棚橋訓他(編)
近刊予定 『オセアニア文化事典』丸善出版。
吉岡政德
2009 「序」遠藤央・印東道子・梅﨑昌裕・中澤港・窪田幸子・風間計博編『オセアニア学』京都大学学術出版会、i-viii頁。
2021 「「辺境としてのオセアニア」を抜け出すことはできるか――文化人類学とオセアニア研究」『近代』123:1-29。
熊谷圭知『つながりの地理学――マイノリティと周縁からの地誌』(古今書院、2022年10月)
この本で何をめざしたか
この本は、私にとって2冊目の単著になります。前書『パプアニューギニアの「場所」の物語――動態地誌とフィールドワーク』は、2つの学会賞(2020
年度人文地理学会賞、日本地理学会賞)を頂きましたが、分厚くて高価だったので、気軽に読んでもらえないのが悩みでした。それで今回の本は、たくさんの人
に手に取ってもらえる、読みやすい本をめざしました。
『つながりの地理学』というタイトルには、いくつかの意味を込めています。
第1に、空間的・社会的に遠く離れた場所や人々とつながることです。この本が取り上げる、オセアニアの先住民(ハワイ、アボリジニ、マオリの人々)、パ
プアニューギニア都市の掘立小屋集落、高地周縁部の村、水俣病と東日本大震災で苦難を被った地域、こうした人々や場所の存在を頭で理解するだけではなく、
つながりたいという感情を掻き立てるような本を書きたいと思いました。
第2に、遠い他者を理解することを通じて、「日本人」というマジョリティ性を疑うことです。ネット言説などでは、日本人性が唯一の拠り所となり、それ以外
の存在を排除する傾向が生まれています。マイノリティや周縁の立場から考え、想像することは、閉塞する日本社会をマジョリティにとっても生きやすいものに
するはずです。
第3に、時代を越えたつながりをめざすことです。現代の学生たちは、生まれた時から新自由主義的な論理が浸透し、個人主義と自己責任が身に付いてしまっ
ているように感じます。それに対しこの書では、私たちの世代が希求してきたような共同性と協働の可能性を提示して、対話したいと考えました。
この本で工夫したこと
読みやすい本を作るために工夫したのは、次のような点です。まず文体は「です・ます調」にしました。本文の流れを大切にするため、途中に引用文献の表記
は差し挟まず、本文中で説明できなかった事柄は、逆にたっぷり注で説明し、参考文献もたくさん紹介しました。それにより、本文だけなら高校生でも読め、注
を含めれば卒論や修論のテーマを探す学部生や大学院生まで使える本になったと自負しています。
読者の興味を誘うような長めのコラムも差し挟みました。「パプアニューギニアの言語とトクピシン」(第9章)では、「パプアニューギニアになぜこれほど
言語が多いのか」という問いが、「日本ではなぜ一つの言語で間に合うのか(本当に一つなのか)」という問いに反転すること。はじめてパプアニューギニア大
学の市民講座でピジン語を習った時、私以外の白人の英語ネイティヴ話者の発音がニューギニア人教師から厳しく直され、私がジャパニーズイングリッシュ風に
発音するとexcellent!と言われて、英語コンプレックスが逆転した体験など…。「秘境観光のまなざしと村人」(第11章)は、私がフィールドワー
クを続けているセピック川南部支流域のクラインビット村に、「カンニバルツアーズ」に登場するような秘境観光の観光客が訪ねてきた時の話です。映画同様、
自分が作った木彫を値切られる体験への不快感も表明される一方で、「どんな観光ならよいのか」と尋ねると「もっと長くいてほしい」という答えが返ってき
て、自分たちの文化の良い部分を積極的に見せたいという思いを感じました。
本書の構成
第1章「グローバル化時代の地理的想像力」は、グローバル化とIT
技術の革新の中、私たちが個人に分断され、他者への共感力を失っているという懸念から始めます。テロリズムを例に、パレスチナを訪ねた私の経験から、私たちが不可視化して
しまっている不正義や不公正が、その背景にあるのではないかと問いかけました。
第2章「人文地理学と場所論の系譜」では、人文地理学の歴史から、地政学、場所論へと展開します。グローバル化の中で「場所」が重要性を増している背景
に、「場所」が有する3つの側面――1)安心・安定性を与える、2)資本や権力によって構築される、3)抵抗の拠点となる――が関わっていることを指摘し
ました。
第3章「開発とは何か」では、「開発」概念、グロ―バル化の中でなぜ格差が増大するのか、オルタナティヴな開発論(ポスト開発論、脱成長論、参加型開
発)を紹介しました。最後に「ジェンダーと開発」と男性の議論を取り上げ、新自由主義的な資本主義によって減価される労働という共通性からの連帯の可能性
を模索しています。
第4章「オセアニアという地域」では、オセアニア島嶼国のスタンダードでは立派な「大国」である沖縄との比較も含め、「地域」という概念の構築性と流動
性を論じました。オリエンタリズムによる表象の支配から逆オリエンタリズムによる自己主張へと転じる太平洋島嶼の人々の主体性(山本1997)は次章の
テーマにつながります。
第5章「楽園ではないハワイ」では、ハワイの歴史と文化復興運動の現在を紹介しました。先住民運動家トラスク(2002)の主張を素材に、先住民運動
(あるいは太平洋流のナショナリズム)が持つ本質主義のもつ「力」と問題点、また混淆のもつ理念が多数派による現状維持に結びついてしまう問題を、対比し
ながら考えています。
第6章「アボリジニからみたオーストラリア」では、アボリジニの人々の歴史と文化、それに対する多数派社会の対応を、多文化主義の議論を交えて紹介しま
した。ここでも真正性(「本物」のアボリジニ)と混淆の現実の間の葛藤が、コスモポリタン・マルチカルチュラリズム(塩原2010)の可能性と併せ、課題
になります。
第7章「マオリからみたニュージーランド」では、「二文化主義」に至るマオリの歴史から、現在のマオリ語のイマージョン教育と「マオリ学」にマオリ以外
の研究者が入り込めない現実をどう評価するかを、最後の問いとしました。オークランドでの束の間のシングルファザー暮らしから得た私自身の学びも加えてい
ます。
第8章「ミクロネシア、パラオの過去と現在」では、委任統治領南洋群島の歴史を紹介し、日本統治時代を生きた高齢女性へのインタビューから、「日本を愛
した植民地」(荒井2015)という表象を批判的に検討しました。それまでの章が欧米の植民地化とその後遺症がテーマだったのに対し、ここでは日本の植民
地化が問われます。
第9章「パプアニューギニアという国と社会」では、超多言語・多文化社会であり、国家としての独立運動よりも分離独立運動が先行したパプアニューギニア
の特質を語りました。後半では、高地周縁部のミアンミンの人々の「開発」への渇望と、その背景を紹介しました。それは「植民地化」の本質にもつながりま
す。
第10
章「ポートモレスビーのセトルメントとチンブー人移住者」は、私が初めてパプアニューギニアでフィールドワークした、ピジン語で「セトルメント」と呼ばれる都市の移住者集
落とそこで暮らす人々がテーマです。パプアニューギニアの男性優位の政治と選挙、都市になぜ犯罪が多いのかを考えるコラムも加えました。
第11
章「ブラックウォーターの人々と『場所』の知」は、生業や社会集団の編成を含め、周囲の環境や動植物と深く結びついた「場所の知」を構築しているクラインビット村の人々
が、一方で外部との出会い(植民地政府・戦争中の日本兵・秘境観光客)を体験しており、都市との格差に葛藤を抱えていることを論じています。
第12
章「かかわりとしてのフィールドワーク」では、クラインビット村長の追及「お前はこの村に何ができるんだ」に端を発した、私の試行錯誤の実践を描きました。前半はJICA
専門家としてのポートモレスビーのセトルメントでの活動、後半はクラインビット村での実践です。前者では研究者と実践者の領域を統合することの意義、後者
では、外部者の眼差しが、「場所の知」存続の鍵となることを主張しています。
第13
章では「『風土』から考える」と題し、和辻哲郎の『風土』と、フランスの文化地理学者オギュスタン・ベルクの『風土の日本』を取り上げました。ベルクの問い「自然に鋭敏な
はずの日本文化・社会がなぜ公害問題にみられるような環境破壊を許してしまったか」の考察は、次章のテーマにつながります。
第14
章は「水俣病と風土」です。水俣病は3つのスケール――不知火海と漁民というローカルレベル、階層構造と対立を含む地域社会レベル、そして高度経済成長期の日本というナ
ショナルなレベル――で、「風土」と深いかかわりを持ちます。石牟礼道子や杉本栄子さんの語りには、水俣のローカルな「風土」が体現されています。
第15
章では、岩手県の陸前高田市に焦点を当て、「被災地の復興と場所・風土の再構築」を論じました。お茶大フィールドワーク実習が学生たちにインパクトを与えたのは、被災地と
「被災者」たちが作る「場所」の力でした。日常の場所を再構築する実践に協働することが「風土」の再構築につながるというのが私たちの希望です。
「オセアニア/地域/研究」、「場所」と「地誌」
「オセアニア地域研究」を専門と名乗ってきた私にとって、オセアニア全体について書くことは宿願でしたが、大変な仕事でした。片山一道氏とともに編集
し、オセアニア学会の多くのメンバーに加わって頂いた『オセアニア』(2010年)が、それを支える力となりました。ぜひ忌憚のないご批判を頂ければと
願っています。
最後に述べたいのは、「オセアニア/地域/研究」を問い直すという課題です。
「地域」という言葉は、とりわけ地理学者にとっては常套句ですが、明確に定義されていません。私は「場所」を、空間的な近さを契機とする人と人、人と事
物、事物と事物の関係性の束、およびそれが実体化した空間と定義しています。「地域」は、この場所的関係性を基盤としますが、「場所」がミクロな関係性
で、常に生成し、固定的な領域性を持たないのに対し、「地域」は、制度(行政であれ文化であれ)が介在し、マクロな関係性で、領域性や境界を持つのが特徴
です。
乾燥したオーストラリア大陸と湿潤熱帯の太平洋島嶼という二つの異なる風土が、「オセアニア」という一つの地域として括られるのは、西欧との関係性の結
果です。世界の果てを取り巻く海の世界オケアノス、未知の南方大陸の発見が、西欧世界の探検の動機づけとなり、現代オセアニアは西欧の植民地も軍事基地も
ある地政学的な空間です。つまり「地域」とは、独自の特徴を持った固定的な空間ではなく、常に関係性の産物であり、流動的な存在にほかなりません(モーリ
ス-スズキ2009)。
「研究」とは何(であるべき)でしょう。学問研究には、研究対象を分類して分析し、概念の枠に押し込めて理解することで、対象を私たちと分断する傾向が
あります。この書では、研究と実践、研究の主体と客体、フィールドワーカーとフィールドの境界を意識的に流動化し、相互浸透させています。それは、パプア
ニューギニアというフィールドが、私に対象を「他者化」させてくれなかった結果なのだと思います。
これは「場所」という観念にかかわります。私はフィールドワークを、研究対象が存在する場所に身を置いて、一次資料を集める調査方法と定義しています。
フィールドワーカーが関係性としての「場所」を共有することを通じて得るものは2つあります。1つは、観念にとどまらない、多様で流動的な生身の存在への
共感をともなう理解です。もう1つは、フィールドに何かを「還す」機会です。その応答のあり様は、調査研究者によって異なるでしょう。12章は私なりの到
達点ですが、こうした実践と葛藤の在り様がもっと学会の中でも共有されればよいと思っています。
最後にこの本の副題である「地誌」について。「地誌」とは地域や場所の物語です。それはもともと山や海の向こうに何があるかを知りたいという、人間に共
通の知的好奇心の産物でした。「地誌」の読者が、その物語を自分とは異なる遠い世界の出来事で、自らとは無縁のものとして消費し、その存在を「他者化」し
て終わってしまうか、それとも自らと共有するものを持つ存在としてつながりたいと思うかは、大きな分かれ目でしょう。この本がめざしたのは、そうした「つ
ながり」の動機づけとなるような地誌であり、さらにはその読者が自ら「地誌する」契機となるような書でした。
それは、研究者(専門家)と市民・学生の間の境界を積極的に取り払いたいという願望でもあります。トラスクのキージング(Keesing
1989)への苛立ち(Trask 1991)は、専門家のもつ知の権力への批判が大きく関わっています。そしてこれは、かつて
大学闘争が提起した(私は当事者ではありませんでしたが)学問研究は何のためにあるのかという問いへの、私なりの応答でもあったと思います。
<参照文献>
荒井利子
2015 『日本を愛した植民地――南洋パラオの真実』新潮社.
ベルク、オギュスタン
1988 『風土の日本――自然と文化の通態』篠田勝英訳、筑摩書房.
熊谷圭知
2019 『パプアニューギニアの「場所」の物語――動態地誌とフィールドワーク』九州大学出版会.
熊谷圭知・片山一道(編)
2010 『朝倉世界地理講座 15 オセアニア』朝倉書店.
モーリス-スズキ、テッサ
2009 「液状化する地域研究――移動のなかの北東アジア」『多言語多文化:実践と研究』l.2:4-25.
塩原良和
2010 『変革する多文化主義へ――オーストラリアからの展望』法政大学出版局.
トラスク、ハウナニ・ケイ
2002 『大地にしがみつけ――ハワイ先住民女性の訴え』松原好次訳、春風社.
山本真鳥
1997
「サモア人のセクシュアリティ論争と文化的自画像」山下晋司・山本真鳥(編)『植民地主義と文化――人類学のパースペクティヴ』新曜社:152-180.
和辻哲郎
1935 『風土――人間学的考察』岩波書店.
Keesing, Roger M.
1989 “Creating the Past: Custom and Identity in the Contemporary
Pacific.” The Contemporary Pacific 1(1/2): 19-42.
Trask, Haunani-Kay
1991 “Natives and Anthropologists: The Colonial Struggle.” The
Contemporary Pacific 3(1): 159-167.
三原一郎(神戸大学大学院保健学研究科)
伊藤彩乃(在トンガ日本国大使館)
山下真理子(学習院大学大学院人文科学研究科)
牧野元紀(東洋文庫)
岩崎加奈絵(日本学術振興会特別研究員PD)
阪田菜月(早稲田大学大学院人間科学研究科)
石井洋二(在外公館専門調査員[オーストラリア])
2022年度日本オセアニア学会賞選考委員会
1. 本学会賞受賞資格者は本学会会員で、対象となる著書または論文の刊行時に原則として40歳未満とする。対象となる著書または論文は1編とし、2021年1月1日から 2022年12月31日までに刊行されたものとする。なお、該当する著書または論文が複数の著者によるものの場合は、筆頭著者のものに限定する。
2. 候補者の応募は自薦あるいは本学会員からの他薦による。他薦による場合は、他薦者は被推薦者(候補者)の了解を得ていることが望ましい。
3. 自薦の場合は、選考対象となる著書または論文について、1部以上を日本オセアニア学会事務局宛に送付するものとする。送付に際し、連絡先(住所、E-mailアドレス)を 明記するものとする。
4. 他薦の場合は、推薦者の氏名と被推薦者(候補者)の氏名、被推薦者の連絡先(住所、E-mailアドレス)、および被推薦者の選考対象となる著書または論文名を明記する。 雑誌論文の場合は、雑誌名、巻号、出版年を、著書の場合は著書名(分担執筆の場合は、担当章のタイトルと著書のタイトル、編者名)、出版社、出版年を明記 する。この場合も、著書または論文を日本オセアニア学会事務局に送付することが望ましいが、送付されていない場合でも受理する。なお、推薦理由が必要であ ると判断する場合は、200字以内の推薦文を添付してもよい。
5. 応募期間は 2022年11月1日から2023年1月13日まで(必着)とする。
6. 送付先は下記とする。自薦の場合は、著書または論文を同封する必要があるので、郵便ないしは宅配便で送付することし、他薦の場合は郵便以外に E-mail でも受け付けることとする。
(日本オセアニア学会事務局)
〒110-8713 東京都台東区上野公園13-43
東京文化財研究所 無形文化遺産部 音声映像記録研究室(石村行)
TEL 03-5809-0428 FAX 03-3823-4854
E-mail:secretary[アットマーク]jsos.net
7. 事務局は自薦および他薦の書類を受領してから1週間以内に、受領した旨の連絡をし、受領書類を選考委員長へ郵送する。
8. 2023年1月14日以降、選考委員会は厳格な審査を行い、その結果を本年度の本学会総会の開催前に理事会に報告する。
<注 記>
1. 応募者はPCOに論文を掲載したことがあるか、掲載したことがない場合は、受賞後数年内に PCO へ投稿することが望まれます。
2. 選考を円滑に進めるため、すでに刊行されている書籍または論文については、募集期間が始まり次第、速やかに、応募して下さるようお願いします。
3. オセアニア地域に関わるあらゆる研究分野の作品が対象となっています。
日本オセアニア学会賞規定
第1条(目的)
日本オセアニア学会はオセアニア地域における人間、文化、社会、環境などの研究の振興を目的とし、「日本オセアニア学会賞」を制定する。
第2条(資格)
日本オセアニア学会員であること。
第3条(対象)
オセアニア地域研究に関し、前年度及び前々年度において最も優秀な著書又は論文を公にした個人。但し、刊行時において原則として満40歳未満の者とする。
2 賞の授与は各年度1名とする。
第4条(選出方法)
賞の選考は理事会が委嘱した5名の日本オセアニア学会賞選考委員が行う。
2 以上の選考結果に基づき理事会が受賞者を決定する。
第5条(賞の授与)
賞の授与は日本オセアニア学会総会で行う。
第6条(賞状等)
受賞者には賞状等を授与する。
附則
この規定は平成13年4月1日より施行する。
附則
本規定の改定は令和2年7月31日より施行する。
市岡康子(著)
『アジア太平洋の民族を撮る――「すばらしい世界旅行」のフィールドワーク』(弘文堂、2023年2月上旬)
当会会員として、自著の紹介をさせていただきます。
わたしは、1966年から1990年まで24年間、テレビのプライムタイムで放送された「すばらしい世界旅行」(日本テレビ系)のプロデューサー/ディ
レクターとして、民族シリーズを担当しました。
このシリーズを企画・制作した牛山純一プロデューサー(故人)は、現在では考えられない画期的な制作方法を編み出しました。それは、
1.小人数のチームによる長期取材
2.ディレクターの地域担当制
3.ディレクターは一年のうち半分は担当地域に定着する、という原則です。
わたし自身は番組開始以来アジア太平洋を担当し、24年間にわたって東はフランス領ポリネシアから西はマダガスカルに至る地域で、多様な文化の中の人間
を記録してきましたが、最も多く制作したのはパプアニューギニア、次いで東南アジアや中国です。仕事には通常のテレビ番組制作の枠には入りきらない、異文
化の中でのフィールドワ-クが不可欠で、その成否によって出来上がる番組の質が決まるとも言えます。人類学などの研究者にもフィールドワークはつきものだ
と思いますが、24年間ほとんど毎回違った民族の間でフィールドワークを続けるのはあまり例がないと思います。
現在とはまったく違う時代背景の下、テレビ番組制作の常識を超越した、現在でも、多分これからも存在しない画期的な方法を長期にわたって経験させても
らったディレクターとして、わたしは自分のフィールド経験を書き残しておきたいと思いました。それは諸民族の生活と彼らの価値意識を描き出そうとする番組
をどう作ったか、調査と撮影のさまざまな方法論にまたがる記録でもあります。古くは40年以上前のことなので、現在では変わってしまったかもしれない生活
や信仰の形、集落や風景の原像もとどめていると思います。フィールドからは制作の進捗状況の報告と共に日誌を送ることが牛山プロデューサーから厳命されて
おり、わたしも書くことによって思考の整理が出来るので、できるだけ丁寧に報告と日誌を出していました。
本書では、記憶だけでは立ち戻れない臨場感にあふれたフィールド日誌に依拠して書くことを目指しました。また写真によってビジュアルな魅力も加えたいと思
い、写真を多用しました。写真撮影もディレクター、つまりわたしの役目で、素人写真の域を出ませんが、現地のイメージを醸成する一助になれば幸いです。
本書の構成は以下の通りです。
序 章 :ドキュメンタリストへの道
第1 章 :ライフワークとなった「すばらしい世界旅行」
第2 章 :民族文化のパターンを発見する―トロブリアンド諸島の女たち
第3 章 :縁者の頭蓋骨を愛おしむ―シベルート島深奥部に先住民を訪ねて
第4 章 :ディレクターの仕事は問題解決業と見つけたり
―ニューアイルランドのサメ漁―
第5 章 :共産圏でドキュメンタリーを撮る―中国雲南省と無錫市の場合
第6 章 :政情不安の地、カンボジアで憑依を撮る―アンコール地方の霊媒
第7 章 :石器時代から抜け出して25 年のダニ族と再現ドキュメンタリーを撮る
―文化復元としてのフィルムー
第8 章 :定点取材の原点―北タイの山地民アカ族
第9 章 :部族戦争のスクープはロードムービーから
―パプアニューギニアのハイランド・ハイウェイをゆく
第10 章 :カルリ族の映像制作からボランティアへ―ボサビ山で草の根開発―
ほかに関連するコラム7 編。巻頭、中央にカラー写真32 ページ。
(市岡康子)
2022年3月17日(木)、第39回日本オセアニア学会総会がオンラインで開催されました(幹事校:東京成徳大学)。議事は、以下の通りです。
1. 2021年度決算
・ 2021年度決算(2021年3月1日~2022年2月28日)について、小林誠会計担当理事より報告があり、承認されました。
・ 会計監査の桑原牧子会員と馬場淳会員により適正に処理されていることが確認されました。
2. 2021年度事業報告
下記の事業報告があり審議され、承認されました。
・People and Culture in Oceania vol.37の刊行(61 pages.:Article
2本、Communication 1本)
・NEWSLETTER no.130、131、132の刊行(論文1本、報告3本、新刊紹介4本)
・研究例会の実施
関東地区 2022年2月11日 オンライン開催(幹事校:東京都立大学)発表2本
関西地区 2022年2月12日 オンライン開催(幹事校:国立民族学博物館)発表2本
・第39回研究大会・総会の実施
2022年3月17日 オンライン開催(幹事校:東京成徳大学)
・JCASA等の活動
・石川榮吉賞の選考
報告事項参照
・第21回日本オセアニア学会賞について
報告事項参照
・評議員選出規則の改訂
・オセアニア学振興基金の創設と、学会賞規定の改訂について
・トンガ沖大規模噴火災害義捐金について
3. 2021年度事業計画
下記の事業計画が審議の結果、承認されました。
・People and Culture in Oceania vol.38の刊行
・NEWSLETTER no.133、134、135の刊行
・関西地区・関東地区研究例会の実施
・第40回研究大会・総会の実施
・PCOバックナンバーの電子化(J-STAGEへの登載)の実施
・JCASA等の活動
・石川榮吉賞の選考
・第22回日本オセアニア学会賞の募集
・第19回評議員選挙の実施
4. 2022年度予算案
2022年度予算(2022年3月1日~2023年2月28日)について、小林誠会計担当理事より説明があり、承認されました。
報告事項
1.石川榮吉賞について
受賞者:柄木田康之会員(宇都宮大学名誉教授)
2.第21回日本オセアニア学会賞について
受賞者:深川宏樹会員(兵庫県立大学)
受賞作品:『社会的身体の民族誌―ニューギニア高地における人格論と社会性の人類学―』
3.その他
・日本学術会議推薦会員任命拒否に関わる人文・社会科学系学協会共同声明への参加について、引き続き2021年度も会長名で賛同学協会として参加
・NEWSLETTERの投稿規定等について、今後は新刊紹介について著者の投稿を促すとともに、研究大会の発表要旨集も収録することとする
・次回の研究大会・総会について、現時点で幹事校と交渉中
・PCOバックナンバーの電子化(J-STAGEへの登載)について、今後もバックナンバーについて電子化を進めていく
・PCOのEBSCOデータベースへの登載
・PCO の書誌情報・要旨のCABIデータベースへの登載
・後援事業について
(1) 2021年コスモス国際賞受賞記念講演会(2022年1月23日)
(2) 学術変革領域(A)「生涯学の創出」シンポジウム(2021年11月20日)
1) 受賞者: 柄木田康之 会員
2) 推薦理由
柄木田康之氏は、国際基督教大学教養学部を卒業し、筑波大学とハワイ大学マノア校で文化人類学を専攻した。主な研究対象地域はミクロネシア連邦ヤップ州
であるが、他にもパプアニューギニアやソロモン諸島などオセアニア各地で調査研究に携わってきた。
ミクロネシア連邦ではヤップ州の離島であるオレアイ環礁で長期にわたってフィールドワークに携わり、とりわけヤップ島と離島との間に取り結ばれるサウェ
イ交易ネットワークの研究を推し進め、そこから首長制社会や人口移動、公共圏など様々なトピックを扱っている。主な著作として『オセアニアと公共圏―
フィールドワークからみた重層性―』(須藤健一との共編著、昭和堂、2013年)、「島嶼間交易における集権化と分権化―サウェイ交易をめぐる論争―」
(印東道子編著『環境と資源利用の人類学―西太平洋諸島の生活と文化―』、明石書店、2006年)、「ミクロネシア連邦離島社会の主流島嶼への統合と異
化」(『文化人類学』81巻3号、2016年)、「ヤップ離島社会の共生戦略におけるアイデンティティーとネットワーク」(風間計博編著『交錯と共生の人
類学―オセアニアにおけるマイノリティと主流社会―』ナカニシヤ出版、2017年)などがある。
教育活動においては、1988年に鹿児島大学南太平洋海域研究センターに着任し、その後1994年に宇都宮大学に移り、2021年3月に退職するまで
27年にわたって同大学で教鞭をとった。同大学では国際交流研究専攻の主任を務め、また国際交流委員長として海外の大学との国際交流を推進した。
本学会の活動としては、2019年4月から2021年3月まで会長を務めた他、2001年より数次にわたって理事・評議員などの役職を歴任するなど、本
学会の運営と発展に多大な貢献を果たしてきた。
以上のように、オセアニア地域研究の振興に多大なる寄与を果たしてきたこと、くわえて、長年にわたり本学会の発展に貢献してきたことが、柄木田氏を石川
榮吉賞に推薦する理由である。
受賞の言葉 柄木田 康之
日本オセアニア学会創設者である石川榮吉先生の御名を冠した賞を受賞いただけることを大変光栄に思い、日本オセアニア学会会員の皆様に心から感謝を申し上
げます。
私は石川先生の論文指導や正規の講義を直接拝聴した経験はないのですが、筑波大学大学院時代の指導教員牛島巌先生や科研費の研究代表者として支えていた
だ
いた須藤健一先生を通じて、また日本オセアニア学会での懇談を通じて、そのお人柄を大変敬愛しておりました。私が石川先生と親密な会話を交わしたのは、
1987年の夏に石川先生が当時私が留学していたイースト・ウエスト・センターに、棚橋訓先生を訪ねておいでになった折で、その直後に予定したミクロネシ
アのフィールドワークを励ましていただいたことを強く記憶しています。
石川先生の研究成果に直接つながった研究は2006年第23回日本オセアニア学会研究大会で吉岡政徳先生企画の石川榮吉シンポジウム『日本人のオセアニ
ア
観-石川説を基点として』で発表した「内地観光団と青少年交流-スタディー・ツアー・オリエンタリズムについての一考察-」で、これは南洋群島統治期の内
地観光団と今日の青少年交流のスタディーツアーにおけるミクロネシアと日本の関係に自然/文明の対比に基づくオリエリズムが共通していることを指摘したも
のです。石川先生のポリネシア、欧米、日本の間の史料に基づく他者観の歴史的展開に関する研究は現在の日本ミクロネシアの国際交流に鑑みても意義がありま
す。また私のミクロネシア連邦ヤップ本島と離島相互間の関係の持続と変容という歴史的研究に目を向かせていただくものでした。
また石川先生が礎を作られた日本オセアニア学会会員の諸兄姉との関係は国立民族学博物館の共同研究会「脱植民地期オセアニアの多文化的公共圏の比較研究」
の基礎となり、オセアニアの現代社会を公共圏の重層性ととらえる『オセアニアと公共圏』(2013)の出版に至りました。
ここで私が日本オセアニア学会の運営への貢献と考えているものを挙げさせていただきます。私は鹿児島大学から宇都宮大学に転任した後に、栗田博之先生か
ら 会計担当理事に就く可能性を打診されました。当時は大学教員にも余力があり、運営のお手伝いができればとお返事しました。私は2001
年から2005 年に会計担当理事・評議員を務めました。その後1 期の休みを頂き、2
期渉外理事・評議員を務めたと記憶しています。栗田先生以前の会計担当理事は庶務会計に関する仕事の大部分をこなされていました。この負担はかなり大きく私の後任の関根久
雄先生、風間計博先生に引き継ぐ時にお二人が当時筑波大学に在任だったこともあり事務局の仕事を会計・庶務で分担するようお願いしました。これが学会運営
の仕事が役員間でより均等に分担されるようになった切っ掛けとなったのではと思っています。
また会計担当理事就任中の2005 年には須藤健一会長、吉岡政徳シンポジウム事務局長で日本オセアニア学会25 周年記念国際シンポジウム「21
世紀の太平洋-新たな文化とアイデンティティの創成-The Pacific in the 21st Century-Formation of
New Culture and Identity-」を神戸国際会館で開催した時、運営に参加させていただきました。この成果はPeople and
Culture in Oceania No.15 (2005)のSPECIAL SECTION: The Pacific in the 21st
Century Formation of New Culture and Identity として掲載されています。
そして直近の日本オセアニア学会への貢献ですが、2019 年4 月から2021 年3
月まで学会長を務めさせていただきました。前会長の山本真鳥先生から打診された時はその器ではないと一度お断りしたのですが、著名な先生方からより開かれた人材に機会が広
がればという気持ちで引き受けました。任期中は内閣からの日本学術会議会員任命拒否問題、新型コロナ禍による研究大会の中止・オンライン開催、オセアニア
学会賞副賞支援の辞退、オセアニア学会口座からの海外送金問題という様々な困難が生じましたが、会長とともに運営3
役を担っていただいた丹羽典生庶務理事、倉田誠会計理事の協力のおかげで中澤港先生に会長の職を引き継ぐことができました。
このように私の研究は日本オセアニア学会との関係で進展したものであり、学会を築いていただいた石川榮吉先生は私の研究の基盤であり続けています。まだ
や
り残した仕事があり私もこれから研究を進めたいと思っていますが、日本オセアニア学会の若手会員の皆様の研究の進捗と共に日本オセアニア学会の発展を心か
ら祈念します。
1) 受賞者: 深川宏樹 会員
対象著作: 『社会的身体の民族誌―ニューギニア高地における人格論と社会性の人類学―』風響社、2021年
2) 選考理由
本書はパプアニューギニア・エンガ州サカ谷において交換関係の連鎖が生み出す身体と人格の問題を贈与交換論、サブスタンス概念を導入した親族論、社会的
身体や人格といった重要な理論的枠組みを用いて、多様な事例を洞察している。著者が注目したのは、感情と身体に関わるエンガの「重み」や「心臓」といった
諸観念や、父系が強調されるなかでの母方親族の両義的な位置である。また著者は交換関係の否定がもたらす感情と衰退する身体、「拡大される人格」の観点か
ら葬送儀礼の軋轢を分析し、さらにまた外部社会から導入された村落裁判に見られる調停において西洋的制度の流用と村落の交換関係の対抗的発明の観点から分
析している。
本書は近年の理論的転回を反映した記述分析に基づく労作である点でも評価が高い。「自然な個」に社会的役割が付与さるという前提、あるいは「全体社会」
といった西欧的な概念の適用ではなく、マリリン・ストラザーンの読み込みを基点として、具体的な出来事に根差した人々の行為と対話に注目し、人格や身体、
親族、社会性が生成されていく多様な様態を見事に描き出している。
以上により、この作品を学会賞に推薦することで委員全員が一致した。
第21回(2021年度)日本オセアニア学会賞選考委員会
2022年度日本オセアニア学会賞選考委員会
1. 本学会賞受賞資格者は本学会会員で、対象となる著書または論文の刊行時に原則として40歳未満とする。対象となる著書または論文は1編とし、2021年1月1日から 2022年12月31日までに刊行されたものとする。なお、該当する著書または論文が複数の著者によるものの場合は、筆頭著者のものに限定する。
2. 候補者の応募は自薦あるいは本学会員からの他薦による。他薦による場合は、他薦者は被推薦者(候補者)の了解を得ていることが望ましい。
3. 自薦の場合は、選考対象となる著書または論文について、1部以上を日本オセアニア学会事務局宛に送付するものとする。送付に際し、連絡先(住所、E-mailアドレス)を 明記するものとする。
4. 他薦の場合は、推薦者の氏名と被推薦者(候補者)の氏名、被推薦者の連絡先(住所、E-mailアドレス)、および被推薦者の選考対象となる著書または論文名を明記する。 雑誌論文の場合は、雑誌名、巻号、出版年を、著書の場合は著書名(分担執筆の場合は、担当章のタイトルと著書のタイトル、編者名)、出版社、出版年を明記 する。この場合も、著書または論文を日本オセアニア学会事務局に送付することが望ましいが、送付されていない場合でも受理する。なお、推薦理由が必要であ ると判断する場合は、200字以内の推薦文を添付してもよい。
5. 応募期間は 2022年11月1日から2023年1月13日まで(必着)とする。
6. 送付先は下記とする。自薦の場合は、著書または論文を同封する必要があるので、郵便ないしは宅配便で送付することし、他薦の場合は郵便以外に E-mail でも受け付けることとする。
(日本オセアニア学会事務局)
〒110-8713 東京都台東区上野公園13-43
東京文化財研究所 無形文化遺産部 音声映像記録研究室(石村行)
TEL 03-5809-0428 FAX 03-3823-4854
E-mail:secretary[アットマーク]jsos.net
7. 事務局は自薦および他薦の書類を受領してから1週間以内に、受領した旨の連絡をし、受領書類を選考委員長へ郵送する。
8. 2023年1月14日以降、選考委員会は厳格な審査を行い、その結果を本年度の本学会総会の開催前に理事会に報告する。
<注 記>
1. 応募者はPCOに論文を掲載したことがあるか、掲載したことがない場合は、受賞後数年内に PCO へ投稿することが望まれます。
2. 選考を円滑に進めるため、すでに刊行されている書籍または論文については、募集期間が始まり次第、速やかに、応募して下さるようお願いします。
3. オセアニア地域に関わるあらゆる研究分野の作品が対象となっています。
日本オセアニア学会賞規定
第1条(目的)
日本オセアニア学会はオセアニア地域における人間、文化、社会、環境などの研究の振興を目的とし、「日本オセアニア学会賞」を制定する。
第2条(資格)
日本オセアニア学会員であること。
第3条(対象)
オセアニア地域研究に関し、前年度及び前々年度において最も優秀な著書又は論文を公にした個人。但し、刊行時において原則として満40歳未満の者とする。
2 賞の授与は各年度1名とする。
第4条(選出方法)
賞の選考は理事会が委嘱した5名の日本オセアニア学会賞選考委員が行う。
2 以上の選考結果に基づき理事会が受賞者を決定する。
第5条(賞の授与)
賞の授与は日本オセアニア学会総会で行う。
第6条(賞状等)
受賞者には賞状等を授与する。
附則
この規定は平成13年4月1日より施行する。
附則
本規定の改定は令和2年7月31日より施行する。
日本オセアニア学会会長 中澤 港
2022年度の研究大会・総会につきましては、新型コロナウイルス感染症の状況をみながら、大西秀之会員(同志社女子大学)のもと準備を進めておりま
す。開催場所や開催方法などの詳細につきましては追ってホームページ、メーリングリスト等でお知らせします。また地区例会につきましても、各地区担当の理
事や幹事のもと準備を進めておりますので、詳細については決まり次第、ホームページ、メーリングリスト等でご連絡いたします。
2021年度の関東地区研究例会を以下の通り実施した。
【開催日時】2022年2月11日(金・祝)13時30分~17時15分
【開催方法】ウェブ会議システム(Zoom)を用いたオンライン開催
【プログラム】
13:30~14:30 研究発表 小谷真吾(千葉大学)
「リゾームはニューギニアのモノ:ボサビの生業「システム」の考察」
14:30~14:45 コメント 田所聖志(東洋大学)
14:45~15:15 全体での討論
15:30~16:30 研究発表 佐本英規(筑波大学)
「竹製パンパイプを「音楽のように」組み立てる:ソロモン諸島アレアレからのぞむ音楽のグローバリゼーション」
16:30~16:45 コメント 石村智(東京文化財研究所)
16:45~17:15 全体での討論
17:15 閉会
本年度の関東地区研究例会では、2021年に単著を刊行された会員2名を発表者として招待し、新刊紹介も兼ねた研究発表をしていただいた。
小谷真吾会員は2021年8月に刊行した『自給自足の生態学:ボサビの人びとのオートポイエーシス』(京都大学学術出版会)の内容をもとに、ニューギニ
ア
高地周縁におけるエコシステム・生業システム・社会システムの複雑なかかわりあいについて、現地の情景を伝える多数の写真を交えながら発表した。コメン
テーターの田所聖志会員は、小谷会員が長年にわたり蓄積してきた調査データの豊かさに触れながら本書の意義を述べるとともに、現代の気候変動と人口動態を
視野に入れることで更なる発展の可能性があることを指摘した。
佐本英規会員は2021年2月に出版した『森の中のレコーディング・スタジオ:混淆する民族音楽と周縁からのグローバリゼーション』(昭和堂)の内容に
も
とづき、ソロモン諸島アレアレにおける竹製バンパイプを用いた演奏を事例に、グローバル化のなかの民族音楽をとらえる視点について発表した。コメンテー
ターの石村智会員は、無形文化遺産をめぐる様々な議論と突き合わせながら、佐本会員が「間に合わせの録音スタジオ」と呼ぶ演奏とレコーディングの形態につ
いて、その特色と意義を指摘した。
合計23名の参加のもと、いずれの発表の際にもフロアを交えた活発な質疑応答が行われ、本研究例会は盛況のうちに終わった。
関西地区研究例会幹事 平野智佳子
2021年度の関西地区研究例会を以下の通り実施した。
【開催日時】2022年2月12日(土)13時00分~17時15分
【開催方法】ウェブ会議システム(Zoom)を用いたオンライン開催
【プログラム】
13:00~14:00 発表者:大竹碧(京都大学) 「再定住地をつくりかえる:米国が残した都市設計と対峙するイバイ島の人々」
14:00~14:15 コメンテーター: 棚橋訓(お茶の水女子大学)
14:15~15:00 全体での討論
15:15~16:15 発表者:木村彩音(神戸大学) 「異人の祖先、海の向こうの故地:日系トレス海峡諸島民を事例に」
16:15~16:30 コメンテーター: 山内由理子(東京外国語大学)
16:30~17:15 全体での討論
17:15 閉会
本年度の関西地区研究例会では、大学院博士後期課程に在籍する若手の会員2名を発表者として招待し、長期フィールドワークの成果をふまえた研究発表をし
ていただいた。
大竹碧会員は、マーシャル諸島共和国イバイ島における再定住地の景観形成の歴史過程を提示し、そこに暮らす住民が再定住地の景観といかに対峙しているかに
ついて、人々の生活の中の感情や記憶に着目しながら発表した。コメンテーターの棚橋訓会員は、ミクロネシア研究の人類学の関与の過程やクワジェリン環礁を
めぐる重層的な歴史叙述の遍在、当該地域における複数のネットワーキングの再編成の問題について指摘した。
木村彩音会員は、トレス海峡諸島の木曜島の事例から、日本人の祖先を持つトレス海峡諸島民が、日本人祖先に対する慰霊行為としての盆儀礼を現地の文脈で
いかに解釈しているのかについて、儀礼の場で示される祖先の名誉と威信に着目しながら発表した。コメンテーターの山内由理子会員は、木曜島周辺の歴史にお
ける日本人の位置づけや「ニッケイ」というカテゴリーの問題、当該地域における一族の名誉や威信のあり様について指摘した。
関西地区研究例会の参加者は合計30名であった。質疑応答の際には、フロアからも多くの質問、コメントがあり、発表者とのあいだで活発な討論が行われ
た。いずれの研究発表でも、発表者の今後の研究を展開しうるような充実した議論が行われ、本研究例会は盛況のうちに終わった。
小谷真吾(著) 『自給自足の生態学――ボサビの人びとのオートポイエーシス』 (京都大学学術出版会、2021年8月)
本書は、パプアニューギニアの「ハイランド・フリンジ」に居住するボサビの人びとの環境適応について、主に生業生態と人口動態に着目し、なるべく平易な 用語を用いて散文的に記述することを目指した書である。記述の枠組みとして、生態人類学という学問分野が成立して以来人びとの暮らしを理解するために用い られてきたシステムアプローチを本書でも援用する。ただし、システムという概念にかんする近年の議論の変容を放置することなく、ローカルな事例研究の一つ に終わらないよう理論の検討も試みた。事例研究の積み重ねこそ生態人類学の強みとも言えるが、今一度システム概念をとらえなおしながら、事例を世に問うこ との意義を考察した。本書の構成は、以下のとおり10章構成である。
第1章 ボサビの人びとに出会う
第2章 ロングハウスに住まう
第3章 バナナを栽培する
第4章 サゴを打つ
第5章 イヌと移動する
第6章 ブタを購う
第7章 共に食べる
第8章 人を数える
第9章 システムを想像する
第10章 マルチシステムズ
ボサビの人びとに会うためには近代的な移動手段を用いることはできず、またその地域には電気、水道等のインフラストラクチャーも存在しない。日常生活に
工業製品が用いられることはほとんどなく、購入食品を消費することもめったにない、いわゆる自給自足の暮らしを送る人びとである。古典的な生態人類学にお
いて、そのような状況は「閉じた」システムとしてシステムアプローチの格好の検証の場となってきた。本書でも、そのような状況における生業生態と人口動態
を記述し、他者理解のためにシステムアプローチが依然有効であることを示していく。
熱帯多雨林という植物相、オセアニア区という動物相、人口密度1/km2以下という条件の下、バナナを栽培し、サゴデンプンを精製し、多様な動植物を採り、ブタを飼養す
る。それぞれの生業が互いに連関してボサビの人びとの日常を構成している。また、個々の生存が容易ではない環境の中、人びとは互いに関係しあいながら成長
し産み育て、集団が再生産されていく。システムが閉じていようが開いていようが、生業を理解すること、人口動態を理解することは、生身の身体がどのように
存在するのかについて、最も直接的な情報であることに変わりはない。本書では、各章において生業、人口動態、それらにかかわる社会システムと動植物につい
て詳細に論じた。
現在の地球上で「自給自足」の暮らしを送る人びとは非常に限られている。生態人類学という学問分野が成立した1960
年代から筆者が人類学を学び始めた1980
年代まで、そのような状況にある人びとに対する記述は、例えば「狩猟採集民」や「焼畑農耕民」の事例として一定の普遍性をもって世に受け入れられた。しかし、21
世紀に入った現在、ボサビのような人びとの暮らしは、グローバルな状況において周縁化された、特殊な事例として等閑視されつつある。グローバルな状況との
かかわりも記述しながら、周縁の人びとの生活を理解することの意義を改めて示していくことも本書の目的である。
「閉じた」システムが存在しないのは確かであろう。しかし、「開ききった」世界システムにおいて生活すると信じている我々が、「あまり開いていない」周縁化されたシステム
において日常を送る人びとを知ることの意味を本書では追究した。システムの境界はどのように生成されるのか、「閉じる」「開く」という運動がどのように記
述され得るのか、「開いた」システムにおいて人びとはどのように存在し、あるいは存在できなくなるのか。生態人類学が用いてきた定量化・図像化という方
法、つまり脱文脈化された数値によって記述する方法を本書でも採用し、それらの問いを考察した。
システム論の精緻化は生態学を中心に行われ、そのパラダイムをもとに生態人類学は世界の多様性を記述してきた。「閉じた」「開いた」システムにかんする
分析方法も生態人類学において盛んに論じられてきた。システムの動態を扱う上でのレジリエンスの概念は、今や生態学を越えてあらゆる学問分野に浸透しつつ
ある。一方で、社会科学、人文科学におけるシステム論の展開、例えばルーマンのオートポイエーシス、ハラウェイのサイボーグの議論は生態人類学においてあ
まり検討されていない。これらの議論を全く無視して「生態学的」人類学として個別のシステムを分析し続けることは、同じシステム論という視角を用いて世界
を見ているかもしれない人びととの対話を放棄してしまうことになる。本書では、特にルーマンにおけるシステム論の展開をボサビの人びとの記述に用いること
ができるのかを批判的に検討しながら、生態人類学においてシステムアプローチをとる意義を再考した。
(小谷真吾)
佐本英規(著) 『森の中のレコーディング・スタジオ――混淆する民族音楽と周縁からのグローバリゼーション』(昭和堂、2021年2月)
本書は、著者が筑波大学大学院に提出した博士学位論文「メラネシア在来音楽をめぐる出会いと媒介の文化人類学的研究——グローバル化時代のソロモン諸島マライタ島南部アレ アレにおける竹製パンパイプ合奏を事例として」(2018年3月、筑波大学)に大幅な加筆修正を加え、単著として再構成したものである。本書の構成は下記 の通りとなっている。
【第1部 グローバリゼーションと音楽的媒介】
第1章 メラネシアの島々と音楽のグローバリゼーション
第2章 アレアレの竹製パンパイプと媒介する行為としての音楽
【第2部 「混淆した生活」とアレアレの竹製パンパイプ】
第3章 今日のアレアレにおける「混淆した生活」
第4章 伸縮する竹と音楽の模倣
第5章 竹製パンパイプと強運
【第3部 竹製パンパイプと音楽のグローバリゼーション】
第6章 森の中の即製レコーディング・スタジオ
第7章 舞台の上の竹製パンパイプ
第8章 混淆する音楽と周縁からのグローバリゼーション
音楽のグローバル化に関する文化人類学的研究は、産業化された音楽と各地の在来音楽とが接触し、互いに影響をおよぼしあう「グローバルな出会い」が、現
代世界における音楽をめぐる知識や習慣を条件づけていることを明らかにしてきた。ただし、そうした研究の多くは、「異文化間における出会い」という出来事
それ自体というよりも、その結果としての作品やパフォーマンスへと焦点をあてる傾向がある。一方、音楽が実際に演奏され聴取される出来事は、異なる関心を
もつ多くの人々――演奏者や聴衆、プロデューサーやエンジニア、評論家や仲買人など――と、それらの人々が依拠し利用する様々な道具や技術、制度の参与に
よってはじめて実現されるものである。音楽をめぐる「グローバルな出会い」という出来事それ自体の様相を詳らかにするためには、そうした人々や物、技術や
制度をめぐる具体的な接触のあり方に焦点をあてる必要がある。本書は、こうした観点から、メラネシア島嶼部に位置するソロモン諸島マライタ島の一隅におい
て実践される在来音楽のグローバルな展開を事例とし、音楽をめぐる「出会い」の様相について論じるものである。
ソロモン諸島国マライタ島南部アレアレ地域において用いられる在来楽器である竹製パンパイプは、1970
年代に文化人類学・民族音楽学の集約的調査研究の対象となり、独自の音楽理論の存在を実証された代表的メラネシア在来音楽である。グローバル化時代の竹製パンパイプに関し
ては、1990
年代以降、後続の研究者によってソロモン諸島国内外における動向が報告されている。国内では、旧来の儀礼祭宴の衰退に伴い、都市部での観光ショーやイベントの余興として演
じられるようになり、海外のポピュラー音楽の諸要素を取り入れ新たなスタイルが成立した。国外では、1970 年代収録の学術的録音が、1990
年代欧米のポピュラー音楽作品の素材として簒奪的に流用された一方、2000
年代には新たなスタイルの演奏による録音作品や舞台上演が「ワールドミュージック」の商品として消費されるようになった。著者が調査対象とした演奏集団ポイアラトは、
1990 年代初頭からソロモン諸島の首都ホニアラを拠点として観光ショーなどで演奏をおこない、2000
年代半ば以降は海外で催される国際的な音楽イベントに多数出演するなど、活発な活動をおこなってきたグループである。
本書の目的は、グローバル化時代の音楽を通した文化的出会いのあり方を、メラネシアの一隅で実践される在来音楽の事例を通して、「現地の側」から捉え直すことにある。例え
ば著者は、2013 年10 月にアレアレの熱帯雨林に設けられた即製のスタジオで行われたCD
アルバムのレコーディングに際して観察された参与者の多様な音楽的行為に焦点をあてる。そこでは、竹製パンパイプについての演奏者の捉え方と、物理的な音響についてのエン
ジニアの捉え方、さらに、商品としての音楽作品についてのプロデューサーの捉え方の差異が顕在化しつつ、三者三様の制作行為は部分的に重なってもいた。竹
製パンパイプはスタジオの一部分に組み込まれ、音響機器は竹製パンパイプの演奏に利用され、竹製パンパイプとスタジオはCD
アルバムをめぐる物語の構成要素になり、CD
アルバムは竹製パンパイプの効力をグローバルな音楽産業へと拡張する。それぞれの制作行為において焦点化される物が部分的に重なり合い、三者の異なる発想は調停され、レ
コーディングという出来事は、ずれをはらみつつひとつの出来事として共有されていた。
竹製パンパイプが置かれた今日的な状況は、一面においては在来音楽がグローバルな音楽産業の要求する商品として作り直される状況として理解することができる。他方、それは
産業化された音楽が竹製パンパイプの制作プロセスを通じてアレアレの人々によって在来音楽へと組み込まれていく逆転した状況である。音楽をめぐる「グロー
バルな出会い」のあり方は、音楽産業の従事者と在来音楽の担い手の非対称な関係に還元することによっては捉えられない一面をはらんでいる。本書では、そう
した音楽をめぐる出会いと媒介こそが、グローバル化時代にあって異なる者同士が出会い、互いの差異を認識し、ずれをはらみながらもひとつの出来事を共有す
ることを、一時的に実現する可能性を示唆していると論じた。
(佐本英規)
日本オセアニア学会Newsletter131号1~22頁に掲載されました山本真鳥・倉田誠(2021)の論文の注2に誤りがありましたので以下のように訂正いたしま
す。
頁 項目 正 誤
1 注2 1997年 1998年
2021年度日本オセアニア学会賞選考委員会
1. 本学会賞受賞資格者は本学会会員で、対象となる著書または論文の刊行時に原則として40歳未満とする。対象となる著書または論文は1編とし、2020年1月1日から 2021年12月31日までに刊行されたものとする。なお、該当する著書または論文が複数の著者によるものの場合は、筆頭著者のものに限定する。
2. 候補者の応募は自薦あるいは本学会員からの他薦による。他薦による場合は、他薦者は被推薦者(候補者)の了解を得ていることが望ましい。
3. 自薦の場合は、選考対象となる著書または論文について、1部以上を日本オセアニア学会事務局宛に送付するものとする。送付に際し、連絡先(住所、E-mailアドレス)を 明記するものとする。
4. 他薦の場合は、推薦者の氏名と被推薦者(候補者)の氏名、被推薦者の連絡先(住所、E-mailアドレス)、および被推薦者の選考対象となる著書または論文名を明記する。 雑誌論文の場合は、雑誌名、巻号、出版年を、著書の場合は著書名(分担執筆の場合は、担当章のタイトルと著書のタイトル、編者名)、出版社、出版年を明記 する。この場合も、著書または論文を日本オセアニア学会事務局に送付することが望ましいが、送付されていない場合でも受理する。なお、推薦理由が必要であ ると判断する場合は、200字以内の推薦文を添付してもよい。
5. 応募期間は 2021年11月1日から2022年1月14日まで(必着)とする。
6. 送付先は下記とする。自薦の場合は、著書または論文を同封する必要があるので、郵便ないしは宅配便で送付することし、他薦の場合は郵便以外に
E-mail でも受け付けることとする。
(日本オセアニア学会事務局)
〒110-8713 東京都台東区上野公園13-43
東京文化財研究所 無形文化遺産部 音声映像記録研究室(石村行)
TEL 03-5809-0428 FAX 03-3823-4854
E-mail:secretary[アットマーク]jsos.net
7. 事務局は自薦および他薦の書類を受領してから1週間以内に、受領した旨の連絡をし、受領書類を選考委員長へ郵送する。
8. 2022年1月15日以降、選考委員会は厳格な審査を行い、その結果を本年度の本学会総会の開催前に理事会に報告する。
<注 記>
1. 応募者はPCOに論文を掲載したことがあるか、掲載したことがない場合は、受賞後数年内に PCO
へ投稿することが望まれます。
2. 選考を円滑に進めるため、すでに刊行されている書籍または論文については、募集期間が始まり次第、速やかに、応募して下さるようお願
いします。
3. オセアニア地域に関わるあらゆる研究分野の作品が対象となっています。
日本オセアニア学会賞規定
第1条(目的)
日本オセアニア学会はオセアニア地域における人間、文化、社会、環境などの研究の振興を目的とし、「日本オセアニア学会賞」を制定する。
第2条(資格)
日本オセアニア学会員であること。
第3条(対象)
オセアニア地域研究に関し、前年度及び前々年度において最も優秀な著書又は論文を公にした個人。但し、刊行時において原則として満40歳未満の者とする。
2 賞の授与は各年度1名とする。
第4条(選出方法)
賞の選考は理事会が委嘱した5名の日本オセアニア学会賞選考委員が行う。
2 以上の選考結果に基づき理事会が受賞者を決定する。
第5条(賞の授与)
賞の授与は日本オセアニア学会総会で行う。
第6条(賞状等)
受賞者には賞状等を授与する。
附則
この規定は平成13年4月1日より施行する。
附則
本規定の改定は令和2年7月31日より施行する。
第39回研究大会・総会事務局 長島怜央
第39回日本オセアニア学会研究大会・総会を下記の要領で開催いたします。前回大会と同様に、新型コロナ感染症対策として、研究大会・総会はオンライン
(Zoom)上で開催いたします。会員の皆様の多数のご参加をお待ちしております。申し込みの締め切りは、2022年2月4日(金)となっております。
※以下に記す情報は現時点での予定であり、今後変更される可能性がありますので、次回サーキュラーにもご注意ください。
【日時】
2022年3月17日(木)9:30~12:10、13:10~18:00
(理事会および評議会:研究大会日の1~2週間前に別途Web会議で開催予定)
※17日(木)9:00 よりZoom上に入室できるように設定します。
【会場】(Zoom上で開催)
参加者宛には、大会の前日までにZoomのURLを登録されたメールアドレス宛に送付する予定です。
【研究大会・総会スケジュール】
3月17日(木)
9:30~9:40 会長挨拶
9:40~12:10 一般発表
13:10~14:30 総会・学会賞表彰等
15:00~18:00 一般発表
【参加費】
有職者・無給者(大学院生、学生等)ともに無料
【参加・発表申し込み】
研究大会・総会について、氏名、所属、研究発表の有無、発表される場合には「発表題目」などを、学会HP内の参加申込用フォームにご記入ください。申し込
みの締め切りは、2022年2月4日(金)です。
また、フォームがご利用できない場合は、ご氏名と連絡先を明記の上、Eメールで必要事項を大会・総会事務局にお知らせください。
※研究発表の時間は、演題数にもよりますが、質疑応答を入れて30
分程度を予定しています。また、Zoom上で発表を行うことになります。当日の方法等については追って連絡いたします。
【問い合わせ先(事務局)】
東京成徳大学国際学部 長島怜央
〒114-0033 東京都北区十条台1-7-13
E-mail: oceaniataikai39[atmark]gmail.com
関西地区例会幹事 平野智佳子
今年度の関西地区例会では大竹碧会員と木村彩音会員をお迎えし、お二人のご研究の最新の展開についてお話しいただきます。
今年度の関西地区例会は、対面・オンラインのハイブリッド形式で開催する予定です。日程と参加申し込みの方法は下記の通りです。万障お繰り合わせの上ご参
加くださいますようお願い申し上げます。
日時:2022年2月12日(土)13:00~17:15
会場:国立民族学博物館 大演習室/オンライン開催(新型コロナウイルス感染状況に応じて変更の可能性あり)
*ご参加の方は、対面・オンラインいずれの場合も以下のURLより事前登録をお願いいたします。
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLScnoQlpbV2lTZf_a82pIyWQKHto2Z9wgp9nVpWgbqcxBXP-tg/viewform?usp=pp_url
*参加者の皆様には、前日までにZoomのURLをお知らせいたします。なお、ご参加の受付は2022年2月10日(木)23時59分までとさせて頂きま
す。
プログラム:
【発表1】
13:00~14:00 発表者:大竹碧(京都大学)
「再定住地を作り替える:マーシャル諸島共和国イバイ島における都市の生成」(仮題)
14:00~14:15 コメンテーター: 棚橋訓(お茶の水女子大学)
14:15~15:00 全体での討論
【発表2】
15:15~16:15 発表者:木村彩音(神戸大学)
「異人の祖先、海の向こうの故地―日系トレス海峡民を事例に」(仮題)
16:15~16:30 コメンテーター: 山内由理子(東京外国語大学)
16:30~17:15 全体での討論
◆懇親会については追ってご案内します。
問い合わせ先:
平野智佳子 hiranochiアットマークgmail.com (”アットマーク”を"@"に変えて下さい)
関東地区研究例会幹事 河野正治
2021年は『生態人類学は挑む』シリーズや若手研究者の学位論文の書籍化など、日本オセアニア学会員による単著の出版が相次いだ年でもありました。今年
度の関東地区研究例会では、2021年に『自給自足の生態学:ボサビの人びとのオートポイエーシス』(京都大学学術出版会)を刊行された小谷真吾会員と、
同じく2021年に『森の中のレコーディング・スタジオ:混淆する民族音楽と周縁からのグローバリゼーション』(昭和堂)を刊行された佐本英規会員をお迎
えし、新刊紹介を兼ねたご発表をしていただく予定です。
日程や参加申し込みの方法は下記の通りです。多くの方のご参加をお待ちしております。
開催日程:2022年2月11日(金・祝)13時30分~17時15分
開催方法:ウェブ会議システム(Zoom)によるオンライン型開催
※ 参加ご希望の方は2月10日(木)18時00分までに以下の参加登録フォームよりお申し込みください。当日までにZoomのリンクをお知らせします。
参加登録フォーム:https://forms.gle/oSfETLSL7TTRVbWy7
プログラム(仮):
【発表1】
13:30~14:30 研究発表:小谷真吾(千葉大学)
14:30~14:45 コメント:田所聖志(東洋大学)
14:45~15:15 全体での討論
【発表2】
15:30~16:30 研究発表:佐本英規(筑波大学)
16:30~16:45 コメント:石村智(東京文化財研究所)
16:45~17:15 全体での討論
※
発表題目やオンライン懇親会の開催有無も含めて調整中です。プログラムが確定次第、メーリングリストにてご案内させていただきます。何卒よろしくお願いいたします。
問い合わせ先:
河野正治 m_kawanoアットマークtmu.ac.jp (”アットマーク”を"@"に変えて下さい)
2021年3月18日(水)、第38回日本オセアニア学会総会がオンラインで開催されました(幹事校:東海大学)。議事は、以下の通りです。
1. 会長の承認について
中澤港氏が新会長となることが承認されました。
2. 理事・評議員・幹事・会計監査の分担について
理事・評議員・幹事・会計監査の分担が以下のように承認されました。
<理事> 石村智(庶務)、飯高伸五(情報化)、小林誠(会計)、里見龍樹(研究集会)、深山直子(渉外・モノグラフ)、田所聖志(NL)、山口徹
(PCO)
<評議員> 梅崎昌裕、石森大知、小野林太郎、深川宏樹、福井栄二郎、古澤拓郎、渡辺 文
<幹事> 平野智佳子(関西例会)、河野正治(関東例会)、栗田博之(会長補佐)、小谷真吾(情報化)、塚原高広(PCO)
<会計監査> 桑原牧子、馬場淳
3. 2020年度決算
・ 2020年度決算(2020年3月1日~2021年2月28日)について、倉田誠会計担当理事より報告があり、承認されました。
・ 会計監査の田所聖志会員と山口徹会員により適正に処理されていることが確認されました。
4. 2020年度事業報告
下記の事業報告があり審議され、承認されました。
・People and Culture in Oceania vol.36の刊行(56 pages.:論文3本)
・NEWSLETTER no.127、128、129の刊行(論文3本、報告2本、新刊紹介3本)
・研究例会の実施
関東地区 2021年2月21日 オンライン開催(早稲田大学) 発表2本
関西地区 2021年1月9日 オンライン開催(兵庫県立大学) 発表2本
・第38回研究大会・総会の実施
2021年3月18日 オンライン開催(幹事校:東海大学)
・JCASA等の活動
・石川榮吉賞の選考
・第20回日本オセアニア学会賞の選考
・第18回評議員選挙の実施
5. 2021年度事業計画
下記の事業計画が審議の結果、承認されました。
・People and Culture in Oceania vol.37の刊行
・NEWSLETTER no.130、131、132の刊行
・モノグラフの募集
・関西地区・関東地区研究例会の実施
・第39回研究大会・総会の実施
・JCASA等の活動
・石川榮吉賞の選考
・第21回日本オセアニア学会賞の募集
6. 2021年度予算案(別紙参照)
2021年度予算(2021年3月1日~2022年2月28日)について、倉田誠会計担当理事より説明があり、承認されました。
報告事項
1. 石川榮吉賞について
受賞者:山本真鳥会員
2. 第20回日本オセアニア学会賞について
受賞者:大津留香織会員
受賞作品:『関係修復の人類学』
3. その他
・日本学術会議問題で理事会声明の発出
・同人文・社会科学系学協会共同声明に賛同学協会として会長名で連名
・次回の研究大会・総会(事務局:長島怜央会員)
1) 受賞者: 山本真鳥 会員
2) 推薦理由
山本真鳥氏は、ポリネシアのことに西サモアでの長期のフィールドワークから文化人類学的な調査をはじめ、その後、オセアニア各地において幅広く調査研究
を行っている。伝統的政治システム、社会変化、移民、芸術など多彩なトピックを扱っているが、とくに交換システムなどに関する経
済人類学的研究は、『儀礼
としての経済―サモア社会の贈与・権力・セクシュアリティ』(山本泰との共著、弘文堂、1996年)、『グローバル化する互酬性―拡大するサモア世界と首
長制』(弘文堂、2018年)など、芸術関係は『Art and Identity in the Pacific: Festival of
Pacific Arts』(JCAS Area Studies Research Reports
no.9.、2016年)、の著作・編著に結実して高く評価されている。それ以外にも人類学・オセアニア地域研究に関わる数多くの編著を刊行している。またオセアニアに関
する人類学の古典ともなっている主要な研究書の翻訳・紹介を通じて、日本におけるオセアニア研究の発展と裾野を広げることに大きく貢献した。翻訳書には、
『サモアの思春期』(マーガレット・ミード著、畑中幸子と共訳、蒼樹書房、1976年)、『歴史の島々』(マーシャル・サーリンズ著、法政大学出版局、
1993年)などがある。
本学会での活動としては、2015年から2019年にかけて2期4年間会長を務めたほか、理事・評議員などの役職を長年にわたって歴任した。会長在任中
には、沖縄で第35回研究大会・総会とあわせて、日本オセアニア学会創立40周年記念公開シンポジウムを開催することで、日本におけるオセアニア研究のプ
レゼンスを高めることに一方ならぬ貢献を行った。以上のように、オセアニア研究の振興に多大なる寄与を果たしてきたこと、くわえて、長年にわたり日本オセ
アニア学会の発展に貢献してきたことから、山本氏を石川榮吉賞受賞者として推薦することに決定した。
石川榮吉賞を受賞して
山本 真鳥
この度は、日本オセアニア学会の創始者石川榮吉先生のお名前を冠した賞をいただきまして、誠にありがとうございました。石川先生
は私が博士課程に進学した 頃非常勤で教えにおいでになられまして、それが最初の出会いです。いろいろとアドバイスや励ましのおことばをいただきました。
私がオセアニア研究を始めたのは学部生の時で、そのときには東南アジアなど、さまざまなエスニック集団が交錯しているところを授業で学んだりするうち、こ
んなところを研究するのはしんどそうだ、島は境界が明確なので研究しやすいのではないか、と考えたことがきっかけです。ただ、実際にそのために楽に研究で
きたかというと、そう簡単ではありません。卒論にはトンガ王国の社会構造に焦点を当て、その後サモアの首長制を研究しようと、修
士論文の後、イーストウェ
ストセンターを経てサモアでフィールドワークをする段取りとなりました。しかし、首長の何たるかを知ろうと村の首長会議で参与観察をしていても、アピア市
の役所で働くエリートの若者に首長称号への関心について訊ねてみても、首長位の継承の話や、地域の紛争解決の話などを集めてみても、つかみ所がなく手探り
状態でした。やがて儀礼交換に活路を見いだしその調査を始めたのは最後の2~3か月です。儀礼交換の研究を短期的なフィールドワークで本格的に行ったの
は、ハワイから帰国後のことでした。
オセアニア研究をされている指導教官がおられなかったということがあり、オセアニア学会を通じて親しくなった5歳前後の先輩や仲間たちに支えられたこ
と、
そして、彼らと民博での共同研究会などで顔合わせをするといったことは、私の研究に大きな影響があったと思います。学会と民博によって研究者としての私は
育てられたように思いますし、そのような我々を見守ってくださる石川先生の姿がありました。
恩返しというわけではありませんが、私が学会に対して大きな貢献をしたと思うのは、Man and Culture in
Oceaniaの編集を印東先生から引き継いだことです。お手伝いをするところから、主幹となりやがて役割を引き継いでいくまで、合わせて10年ほども関わっていたように
思います。ただ労働提供というばかりでなく、編集の仕事は私にとってはとても重要な修行となりました。査読という作業を通じて、論文が確実によくなるとこ
ろを目の当たりにして、得るところは大きかったと思っています。
私自身の研究は、儀礼交換から、太平洋系移民、そしてその本国社会への影響というように広がって行きました。さらに太平洋芸術祭やパシフィカ・フェスティ
バル、ニュージーランドのオセアニア系アーティストの研究という具合です。大学も本年をもって定年退職となりますが、研究では現役のつもりでおりますの
で、何卒よろしくお願い申し上げます。
最後に石川先生によって設立され、学兄方のご努力で育てられてきた学会の、今後の発展と皆様方の研究の一層の展開を祈念いたします。
1) 受賞者: 大津留香織 会員
対象著作: 『関係修復の人類学』成文堂、2020年
2) 選考理由
大津留香織著『関係修復の人類学』はRestorative
Justice(一般に「修復的司法」と呼ばれるが、著者は含意を広げてRJと略記する)について、ヴァヌアツの二地域で実施した調査にもとづき、独自の議論を展開して、
RJを斬新かつ深い視点で提起することに成功している。すなわち、土地紛争、宣教師の死、交通事故という問題に、当事者たちがどのように相互行為をつうじ
て和解を成り立たせていくかを詳細に考察し、その過程で人間に備わる共感能力および共感によって作りつづけられる物語がいかに決定的な働きを果たすのかを
説得力ある形で提示するのである。毀損した関係を人間が修復する姿が、国家司法の枠組を越える普遍性を意識して堂々と論じられており、そこでは法学、社会
学、犯罪学、心理学、そして何より人類学の議論を横断し繋ぐ力量が十分に発揮されている。各分野での参照文献の量や基本概念の理解に物足りなさは残るが、
オセアニア研究の可能性をみごとに広げる著作として、第20回日本オセアニア学会賞にふさわしいと判断する。
第20回(2020年度)日本オセアニア学会賞選考委員会
2021年度日本オセアニア学会賞選考委員会
1. 本学会賞受賞資格者は本学会会員で、対象となる著書または論文の刊行時に原則として40歳未満とする。対象となる著書または論文は1編とし、
2020年1月1日から2021年12月31日までに刊行されたものとする。なお、該当する著書または論文が複数の著者によるものの場合は、筆頭著者のも
のに限定する。
2. 候補者の応募は自薦あるいは本学会員からの他薦による。他薦による場合は、他薦者は被推薦者(候補者)の了解を得ていることが望ましい。
3. 自薦の場合は、選考対象となる著書または論文について、1部以上を日本オセアニア学会事務局宛に送付するものとする。送付に際し、連絡先(住所、
E-mailアドレス)を明記するものとする。
4. 他薦の場合は、推薦者の氏名と被推薦者(候補者)の氏名、被推薦者の連絡先(住所、E-mailアドレス)、および被推薦者の選考対象となる著書ま
たは論文名を明記する。雑誌論文の場合は、雑誌名、巻号、出版年を、著書の場合は著書名(分担執筆の場合は、担当章のタイトルと著書のタイトル、編者
名)、出版社、出版年を明記する。この場合も、著書または論文を日本オセアニア学会事務局に送付することが望ましいが、送付されていない場合でも受理す
る。なお、推薦理由が必要であると判断する場合は、200字以内の推薦文を添付してもよい。
5. 応募期間は 2021年11月1日から2022年1月14日まで(必着)とする。
6. 送付先は下記とする。自薦の場合は、著書または論文を同封する必要があるので、郵便ないしは宅配便で送付することし、他薦の場合は郵便以外に
E-mail でも受け付けることとする。
(日本オセアニア学会事務局)
〒110-8713 東京都台東区上野公園13-43
東京文化財研究所 無形文化遺産部 音声映像記録研究室(石村行)
TEL 03-5809-0428 FAX 03-3823-4854
E-mail:secretary[アットマーク]jsos.net
7. 事務局は自薦および他薦の書類を受領してから1週間以内に、受領した旨の連絡をし、受領書類を選考委員長へ郵送する。
8. 2022年1月15日以降、選考委員会は厳格な審査を行い、その結果を本年度の本学会総会の開催前に理事会に報告する。
<注 記>
1. 応募者はPCOに論文を掲載したことがあるか、掲載したことがない場合は、受賞後数年内に PCO へ投稿することが望まれます。
2.
選考を円滑に進めるため、すでに刊行されている書籍または論文については、募集期間が始まり次第、速やかに、応募して下さるようお願いします。
3. オセアニア地域に関わるあらゆる研究分野の作品が対象となっています。
日本オセアニア学会賞規定
第1条(目的)
日本オセアニア学会はオセアニア地域における人間、文化、社会、環境などの研究の振興を目的とし、「日本オセアニア学会賞」を制定する。
第2条(資格)
日本オセアニア学会員であること。
第3条(対象)
オセアニア地域研究に関し、前年度及び前々年度において最も優秀な著書又は論文を公にした個人。但し、刊行時において原則として満40歳未満の者とする。
2 賞の授与は各年度1名とする。
第4条(選出方法)
賞の選考は理事会が委嘱した5名の日本オセアニア学会賞選考委員が行う。
2 以上の選考結果に基づき理事会が受賞者を決定する。
第5条(賞の授与)
賞の授与は日本オセアニア学会総会で行う。
第6条(賞状等)
受賞者には賞状等を授与する。
附則
この規定は平成13年4月1日より施行する。
附則
本規定の改定は令和2年7月31日より施行する。
馬場 淳・平田晶子・森 昭子・小西公大(編)
『萌える人類学者』
(東京外国語大学出版会、2021年3月)
本書は、これまで日本オセアニア学会の発展に寄与してきた栗田博之氏の退職(2020年3月)を記念して編まれたエッセイ集である。もちろん、昨今の出
版
事情から、栗田氏へのオマージュは「裏の顔」であり、文化人類学の魅力を伝える一般書、また文化人類学を学びはじめた学部生向けの準教科書というのが「表
の顔」である。しかし「裏の顔」は、そこかしこに見てとれることだろう。
まず、「あとがき」で述べられているように、執筆陣は、特別ゲストを除けば、栗田氏の勤務先であった東京外国語大学の関係者で組織されている。次に、今
と
なっては「古めかしく」感じられるかもしれない「萌え」をタイトルに据えているのも、編者たちが栗田氏の言動から感受した直観的な印象によるものである。
さらに、第3部で萌える人類学者の代表的人物として取り上げられているのが、ほかならぬ栗田氏なのである。
ここで強調しておきたいのは、第3部以外の章も栗田氏へのオマージュをそこはかとなく表明しているという点だ。確かに、各章が対象とする地域は世界各地
に
および(カナダ、キューバ、ツバル、オーストラリア、パプアニューギニア、インドネシア、日本、ラオス、タイ、インド、ケニア、ガーナ、コートディヴォ
ワールなど)、そのテーマ=萌えの対象も、先住民の文化復興、芸能(パフォーミングアーツ)、名前、島、歌姫の声音、日本食、布(機織り)など、多岐にわ
たる。この拡散的・遠心的なエッセイ群は、しかし、栗田氏の業績に必ず言及することでつながりあう。それによって、栗田氏の業績が異なる文脈(地域とテー
マ)のもとでいかなる「糧」となるかを示唆しつつ、伏線として「裏の顔」の輪郭が与えられていくのである。
さて、この栗田氏への潜在的な求心性を孕みつつ、「萌え」というテーマのもとで自由につづられた12本のエッセイ(序章と終章を除く)は、本書において
3
つのパートに分けられている。第1部「共鳴する萌え」は、フィールドの人々の萌えと執筆者の萌えの共鳴を主題にするエッセイ群、第2部「内旋する萌え」は
人類学者の一方的な萌えやその内省を主題とするエッセイ群である。それに対して、第3部「人類学への萌え」は栗田氏のエッセイやインタヴュー、日常的発言
を検討することで、「萌える人類学者」像を具体的に提示しようという試みである。
以上のように、本書はオセアニアに特化した書物ではない。ただ本書の性格に鑑みれば、ここでオセアニアに関わるエッセイくらいは紹介しておいても場違い
で はないだろう。なお以下の章解説は、序章の「本書の構成」と重複するところがあることをお断りしておく。
第1部には、ツバルに関する小林誠氏のエッセイ「島に萌える――ツバルにおける気候変動、科学、キリスト教」(第4章)がおさめられている。小林氏は、
気
候変動により「沈む島」であることに萌える島外の人々と、キリスト教を信仰し島は沈まないと考える島民との狭間で、人類学者としての葛藤を吐露する。そし
て人々の多様な萌えが交差する環礁と自らの萌えを振り返り、沈むと主張することもそれを否定することも政治性を伴うと指摘しつつ、「沈む島」を「武器」に
ツバルが注目を集めるほうが、援助を呼び込み、島を守ることに繋がるだろうと結ぶ。
第2部には、山内由理子氏と槌谷智子氏のエッセイがおさめられている。まず、山内氏は「西オーストラリアの町の日本食に萌える――ブルームの日本人移民
の過去と現在」(第5章)と題して、ブルームの日本食について論じる。読者は、日本食のグローバル化をめぐる話だと早合点するかもしれないが、残念ながら
その期待はすぐに裏切られてしまう。というのも、その田舎町では、今となっては、日本人コミュニティも日本食レストランもなく、「真の」日本食など期待で
きないからである。それでもなお山内氏は、ときおり人々の語りに表れる「真の」日本食にこだわる。注目すべきは、山内氏が食の真正性を、当事者性や伝統的
食材の使用、原初的な味の再現ではなく、歴史的につみあげられた社会関係や相互行為のなかから生成してくるものとしてとらえなおした点である。このエッセ
イは、食が自他の境界確定や(真珠貝採取業や日本人移民を含む)歴史的社会的関係をみる窓口であることを端的に示しつつ、食の真正性そのものの見方を転換
させてくれるだろう。
次に、槌谷氏は「出会いに萌える――パプアニューギニアでのフィールドワーク」(第8章)と題して、フォイ族でのフィールドワークをはじめた当時のみず
み
ずしい驚きや発見をあたたかいタッチでつづっている。現地の人々や海外の人類学者との「出会い」から、それまで学んできた人類学的な知識(ケガレ、邪術、
霊など)が具体的な血肉を得、生きた世界として立ち現れていくプロセスが丁寧に記述されている。これまで槌谷氏がさまざまなところで発表してきたフォイの
民族誌の「はじまり」がここにある。
第3部では、上述したように、萌える人類学者の代表的人物として、栗田氏が全面的に登場し、本書のもつ「表」と「裏」のバランスが揺れ動く。栗田氏が
「表
の顔」を考慮して本書に寄稿=再録したのは、1985年に『理想』誌に発表した「ボンジュール・トーテミスム」(第9章)である。皆川勤氏は、『図書新
聞』(3503号、2021年7月10日)における本書の書評にて、この「ボンジュール・トーテミスム」を引いたうえで「栗田博之は、わたしにとって未知
の人類学者だが、このような刺激的な文章にもっと早く知りたかったと感じた」と述べている。
また、第3部の特徴は、学会でも稀有な論客と言われる栗田氏の発言を収集・採録している点である。平田晶子氏による「ボンジュール・トーテミスム」の解
題
(第10章)には研究室でのインタヴューが掲載されており、論文などでは表出しない栗田氏の思考の一端をうかがうことができるだろう。第12章「萌える人
類学者の教え」は、栗田氏の人柄と業績を簡単に紹介したうえで、その日常的発言を拾い集め、解説を加えるかたちをとっている。具体的には、導入部の「シュ
ナイダーを見習え!」(馬場淳)にはじまり、超フェミニスト(平田晶子氏)、子育てと性(森昭子氏)、先住民史観(工藤多香子氏)、そして特別ゲストの山
本真鳥氏による旅行者と人類学者の違いが、検討されている。
「裏の顔」がクレッシェンド的に頭をもたげる展開のなかで、何が表で裏なのか――ここまでくると、その区分はかなり曖昧であ
る。栗田氏へのオマージュは
「萌える人類学者」像の輪郭を描くこととパラレルであるが、「あとがき」でも述べられているように、そのオマージュを差し引いても、各エッセイが準教科書
的でありながら専門的にも読み応えのあるエスノグラフィになっていることは言うまでもない。いずれにせよ、いくつかの仕掛けが詰まった本書を広く紹介して
いただけたら望外の喜びである。
(馬場 淳)
井原泰雄・梅﨑昌裕・米田 穣(編)
『人間の本質にせまる科学――自然人類学の挑戦』
(東京大学出版会、2021年3月)
オセアニアの人々の特徴を明らかにする学問のひとつとして自然人類学は重要な役割を果たしてきた。本書は、東京大学教養学部の1、2年生向けのオムニバ
ス講義「人間の本質にせまる科学」に基づいており、自然人類学の最新の知見を分かりやすく紹介した内容となっている。
東京大学の学部講義に基づく書籍として、これまでも数々の名著が生みだされてきた。『知の技法』や『東京大学のアルバート・アイラー』、比較的最近では
『科学の技法』等がある。書籍に結実したという点で、これらの基となった講義の評判も高かったと思われる。そして、本書の出発点であるオムニバス講義「人
間の本質にせまる科学」もやはり、講義期間中、大いに盛り上がったそうである。
編者のお一人から伺ったところ、2020年度はテレビ会議システムを使ったオンライン講義形式で行われたという。受講者は学部1、2年生を中心に500
人以上に上った。毎回、チャットによる質問を受け付けていたが、あまりにも質問が多いため、質問内容を整理して講師に伝えるTAが必須であったそうであ
る。また、質問内容には本質的な疑問も含まれるなど、受講者が熱心に受講していた様子が伺えたという。自然人類学は、高等学校までに学ぶ教科に含まれない
ため、一般に、学部1、2年生にはなじみのない学問分野である。こうしたなか、学部学生の知的関心を喚起したという点は特筆すべきであろう。
現代の自然人類学は、近年になって発展した科学的手法を取り入れて日々進展しており、また、さまざまな学問分野が参入するようになっている。こうした現
況を反映し、本書が紹介する学問分野も、次の通り多岐にわたる。霊長類学、形質人類学、進化人類学、進化生物学、人類遺伝学、進化遺伝学、古代ゲノム学、
運動学・生体力学、人類生態学、人口学、数理生物学、考古学、文化人類学。
本書は、多岐にわたる自然人類学の研究テーマを、人類進化、ゲノム科学、生理機能と環境適応、文化と人間に分け、全体として4部構成とし、「はじめに」
のほか15章とコラム7編を収録する。本稿では、各章とコラムのタイトル、および各執筆者のみ以下に紹介し、最後に、文化人類学者である筆者の視点から若
干の感想を記したい。
本書の目次・構成
はじめに――自然人類学を学ぶ意義と魅力
(長谷川壽一)
Ⅰ 人類進化の歩み
第1章 ヒト以外の霊長類の行動と社会――ヒトを相対化する
(中村美知夫)
コラム 霊長類の子育て
(齋藤慈子)
第2章 猿人とはどんな人類だったのか――最古の人類
(河野礼子)
コラム 人類化石の発見,いかに
(諏訪 元)
第3章 ホモ属の「繁栄」――人類史の視点から
(海部陽介)
第4章 旧人ネアンデルタールの盛衰――現生人類との交代劇
(近藤 修)
コラム 旧人と新人の文化
(西秋良宏)
Ⅱ ヒトのゲノム科学
第5章 アジア人・日本人の遺伝的多様性――ゲノム情報から推定するヒトの移住と混血の過程
(大橋 順)
コラム HLAと日本人の形成
(徳永勝士)
第6章 全ゲノムシークエンスによる人類遺伝学――ヒトゲノムの変異と多様性
(藤本明洋)
第7章 自然選択によるヒトの進化――形質多様性と遺伝的多様性
(中山一大)
第8章 縄文人のゲノム解読――古代ゲノム学による人類の進化
(太田博樹)
コラム 霊長類の遺伝
(石田貴文)
Ⅲ 生きているヒト
第9章 ヒトはなぜ直立二足歩行を獲得したのか――身体構造と運動機能の進化
(荻原直道)
第10章 なぜヒトは多様な色覚をもつのか――霊長類の色覚由来から考える
(河村正二)
第11章 ヒトの環境適応能――生理的適応現象とその多様性
(西村貴孝)
第12章 生存にかかわる腸内細菌――ホモ・サピエンスの適応能
(梅﨑昌裕)
コラム 人口からみるヒト
(大塚柳太郎)
Ⅳ 文化と人間――文理の境界領域
第13章 言語の起源と進化――その特殊性と進化の背景
(井原泰雄)
第14章 考古学と自然人類学――縄文時代・弥生時代の生業を考える
(米田 穣)
第15章 人種と人種差別――文化人類学と自然人類学の対話から
(竹沢泰子)
コラム 人新世:ヒトが地球を変える時代
(渡辺知保)
筆者は、文化人類学を専門としてパプアニューギニアで現地調査を行ってきた。本書を手にして思うことは、こうした自然人類学の研究領域について、文化人
類学者がもっと関心や関与を深めることで、より学問的な発展が促されるのではないだろうかということである。
例えば、第12章で人類生態学者の梅﨑は、人類史における人類の環境適応について概説した上で、タンパク質摂取量が少ない環境で生活してきたパプア
ニューギニア高地人がタンパク質欠乏症状を示さない現象には、彼らの腸内細菌叢が寄与している可能性があると指摘している(pp.198-203)。こう
した研究は、人間の食生活を扱っている。どのような食事をとっているのか、どのような食事をとってはいけないのか。こうした事柄によって形作られる食生活
は、数多くの文化人類学者が指摘してきたとおり、文化的な価値観が大きく関与する(e.g. 大貫
1995)。そうした意味で、食生活と関連する研究に文化的な価値観に関心を払ってきた文化人類学者が参与することによって、なんらかの学問的な発展が生じる可能性もあ
る。実際に、生物人類学と文化人類学との共同の意義もすでに提唱されている(e.g. Parkin and Ulijaszek eds.
2007)。
こうした点を特に感じたのは、本書の第4部「Ⅳ 文化と人間――文理の境界領域」である。ここでは、言語、生業形態、食料生産、人種の概念が扱われる。
これらは、文化人類学が長い間あつかってきた研究テーマである。こうしたテーマの研究が自然人類学の側ではどのように行われているのか知ることは、文化人
類学を学ぶ者にとってもためになると思われる。なお、第15章の執筆者である竹沢は文化人類学者であるが、この章は、人種という概念について考える際に自
然人類学の知見への目配りが極めて重要であることがよく分かる内容となっている。文化人類学者が自然人類学に関心をもつことの有効性が明確に示されている
といえよう。
最後のコラムにおいて、人類生態学者の渡辺は人新世(Anthropocene)の概念を取り上げている。人新世という概念について、近年、文化人類学
でも触れられることが増えてきた。人新世とは、地質年代のひとつとして提唱されている概念であり、もともと地質学者や大気科学者が提案したものである。人
類の活動が地球環境を変化させるという点が、人新世の特徴である。人新世について、渡辺は以下のように述べている。
人新世を出現させた現生人類は、人間の本質からもっとも離れてしまったのだろうか。それとももっとも本質に近づいたと考えるべきだろうか。もし、化石人
類の中に人新世をもたらすヒントが見つかるならば、人新世は、数百万年を経て人間の本質が開花した時代ということになるのかもしれない。(p.252)
人類史という点を意識しながら文化人類学は、「人間とは何か」という問いに答えようとしてきた。そうであるならば、進化と適応についてより深く考えてき
た自然人類学の知見を吸収することで、文化人類学の側からも、渡辺の提起するような「人間の本質」に関する問いにより接近できるのではないかと思われる。
本書の一読をおすすめしたい。
<参照文献>
Parkin, David J. and Ulijaszek, Stanley J. (eds)
2007 Holistic Anthropology: Emergence and Convergence. Berghahn Books.
菊地成孔・大谷能生
2005 『東京大学のアルバート・アイラー――東大ジャズ講義録』メディア総合研究所。
小林康夫・船曳建夫
1994 『知の技法――東京大学教養学部「基礎演習」テキスト』東京大学出版会。
大貫恵美子
1995 『コメの人類学――日本人の自己認識』岩波書店。
東京大学大学院総合文化研究科・教養学部附属教養教育高度化機構初年次教育部門・増田建・坂口菊恵
2017 『科学の技法――東京大学「初年次ゼミナール理科」』東京大学出版会。
(田所聖志)
日本オセアニア学会会長 中澤 港
2021年度の研究大会・総会につきましては、新型コロナウイルス感染症の状況をみながら、長島怜央会員(東京成徳大学)のもと準備を進めております。開
催場所や開催方法などの詳細につきましては追ってホームページ、メーリングリスト等でお知らせします。また地区例会につきましても、各地区担当の理事や幹
事のもと準備を進めておりますので、詳細については決まり次第、ホームページ、メーリングリスト等でご連絡いたします。
新入会員
東平福美(東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻日本語教室)
所属変更
塚原高広(名寄市立大学保健福祉学部)
佐本英規(筑波大学人文社会系)
田所聖志(東洋大学社会学部)
第38回研究大会・総会事務局 黒崎岳大
第38回日本オセアニア学会研究大会・総会を下記の要領で開催いたします。今回は、新型コロナ感染症対策の中で、研究大会・総会はオンライン
(ZOOM)上で開催いたします。
【日時】
2021年3月18日(木)9:00~13:05、13:50~18:00
(理事会及び評議員会は、3月10日の10時から11時(理事会)、11時から12時(評議員会)にオンラインで開催予定)
※18 日(木)8:45 よりZOOM上に入室できるように設定します。
【会場】(ZOOM上で開催)
参加者宛には大会の前日までに抄録とともに、ZOOMのURLをメーリングリストで送付する予定です。
【研究大会・総会スケジュール】
3月18日(木)
08:45~ ZOOMへの入場開始
09:00~09:10 開会挨拶
09:10~10:25 一般発表:第1セッション・座長 倉光ミナ子(お茶の水女子大学)
09:10~09:35 A 石村智(東京文化財研究所):ポリネシアにおける社会階層化と人口・環境との関連
09:35~10:00 B 山本真鳥(法政大学):オセアニア植民地時代における非白人移住者(1)
10:00~10:25 C 矢野涼子(神戸大学大学院):明治・大正期日本がみたサモア諸島
10:30~11:45 一般発表:第2セッション・座長 小林誠(東京経済大学)
10:30~10:55 D 深山直子(東京都立大学):NZマオリによるラーフイの宣言――コロナ警戒下での先住的環境思想の「拡大」
10:55~11:20 E 大島崇彰(東京都立大学大学院):オセアニアの嗜好品カヴァを再考する――文化/物質の対立を超えた議論に向けて-
11:20~11:45 F 山口優輔(京都大学大学院):気候変動の影響を受ける小島嶼の暮らし――ソロモン諸島国テモツ州における事例研究
11:45~13:05 総会・学会賞表彰等
[休憩 13:05~13:50]
13:50~15:05 一般発表:第3セッション・座長 石村智(東京文化財研究所)
13:50~14:15 G 山口徹(慶應義塾大学):北部クック諸島プカプカ環礁の初期居住期を再考する
14:15~14:40 H 棚橋訓(お茶の水女子大学): 墓が拓く、墓が結ぶ――クック諸島プカプカ環礁のislandscape
14:40~15:05 I 島崎達也(慶應義塾大学大学院):マリアナ諸島における網代圧痕土器の諸問題
15:10~16:25 一般発表:第4セッション・座長 馬場淳(和光大学)
15:10~15:35 J 木村彩音(神戸大学大学院):出自を付与する――トレス海峡諸島民の伝統的養子縁組から
15:35~16:00 K 片岡真輝(アジア経済研究所/カンタベリー大学):フィジーにおける記憶の政治利用と集合的記憶が民族関係に及ぼす影響
16:00~16:25 L 丹羽典生(国立民族学博物館):埋葬形式の標準化――19世紀後半以降におけるフィジーの葬送の変容
16:30~17:50 ミニシンポジウム:海外研修航海から考える大学教育と人的交流の可能性:オセアニア地域訪問での事例を中心に
司会・モデレーター・黒崎岳大(東海大学)
報告(1)・千葉雅史(東海大学)
報告(2)・笹川昇(東海大学)
報告(3)・黒崎岳大
ディスカッサント:大江一平(東海大学)
【参加費】
有職者・無給者(大学院生、学生等)ともに無料
【参加の問い合わせ】
参加および発表申込はすでに締め切っております。参加にご関心がある方は下記の事務局までお問い合わせください。
関東地区研究例会幹事 里見龍樹
2020年度の関東地区例会を、Zoomを用いたオンライン形式で以下の通り開催した。
【日時】2021年2月21日(日) 14:00~17:30
【発表者】紺屋あかり会員(明治学院大学)、浅井優一会員(東京農工大学)
【コメンテーター】橋爪太作会員(早稲田大学)、里見龍樹会員(早稲田大学)
【プログラム】
14:00~14:50 第1発表 紺屋あかり会員
「パラオにみることばの物象化と海の底の石」
14:50~15:10 コメンテーター2人によるコメント
15:10~15:40 質疑応答
15:50~16:40 第2発表 浅井優一会員
「外来王を巡るプラグマティクス:現代フィジーにおける神話の語りと儀礼の秩序」
16:40~17:00 コメンテーター2人によるコメント
17:00~17:30 質疑応答
本年度の関東地区例会は、オセアニア地域における言語の社会的生とでも呼ぶべき主題について先鋭的な研究を行っている会員2名を発表者に迎えて開催した。
紺屋あかり会員は、パラオにおける詠唱などの言語実践を「ことばの物象化」という概念によって統一的にとらえ、植民地化以前/以後における「ことばの物
象化」の歴史的変容と持続性について考察した。「ことばそれ自体」の存在性に迫ろうとする精妙で斬新な議論に対し、オセアニア各地の事例を念頭にいくつも
の質問が寄せられた。
浅井優一会員は、現代フィジーにおける土地、集団と文書の関係性を事例に、サーリンズからトーマスを経てストラザーンに至るオセアニア人類学の理論的展
開を、ヤコブソンやシルヴァステインの言語理論を参照して大局的に把握しようとする議論を提示した。広範な理論的射程をもつこの議論に対し、人類学の理論
的現状を踏まえて意見交換が行われた。
発表を受け、合計20名の参加者によって活発な討論が繰り広げられ、例会は盛況のうちに終わった。また、終了後にはオンラインでの懇親会も行われた。
関西地区研究例会幹事 深川宏樹
2020年度の関西地区研究例会を、以下のとおりオンラインにて開催した。
【日時】2021年1月9日(土)
【会場】オンライン開催(Webex Meetings)
【プログラム】
13:00〜14:00 発表者:土井冬樹(神戸大学)
「二文化主義の実践:ニュージーランド警察が踊る先住民マオリの踊り」
14:00〜14:15 コメンテーター: 深山直子(東京都立大学)
14:15〜15:00 全体での討論
15:15〜16:15 発表者:矢野涼子(神戸大学)
「第二次マウ運動におけるサモアの現地住民による嘆願——人々の多様性と統合・対外地域との結びつき」
16:15〜16:30 コメンテーター: 飯高伸五(高知県立大学)
16:30〜17:15 全体での討論
本年度の関西地区例会は、個人発表2名、それにたいするコメンテーター2名で開催した。土井冬樹会員の個人発表では、人類学における「文化の盗用」をめ
ぐる議論が理論的に整理され、そこからニュージーランド・マオリの文化保護と二分化主義の現状に対する批判的検討がなされた。そのうえで、現在のニュー
ジーランドの警察学校で踊られるハカの先進的な事例の分析から、文化の排他的な所有権の主張ではなく、文化の神聖性と真正性の維持という観点から、マオリ
の人々が、警察によるハカの実践を許容していることが論じられた。土井会員の発表にたいして深山直子氏からのコメントがなされ、引き続き全体での討論がお
こなわれた。つぎに、矢野涼子会員の個人発表では、サモアにおける第二次マウ運動の事例が取り上げられ、運動における嘆願書を中心とする豊富な歴史資料か
ら、サモアの現地住民(ネイティブ・混血・外国人永住者など)が誰に対し、いかなる目的や不平をもって運動に参加したのかが、主導者以外の多様な人々を含
めた視点から、多角的に考察された。そこから、マウ運動において「現地住民」と一括されがちな人々の内的多様性とその統合の機制や、海外地域との結びつき
が明らかにされ、さらにマウ運動とイギリス帝国の崩壊の動きとの関連性にまで議論は発展した。矢野会員の発表にたいして飯高伸五氏からのコメントがなさ
れ、引き続き全体での討論がおこなわれた。合計27名の参加者のもと、本例会は盛会のうちに終わった。
梅﨑昌裕・風間計博(編)『オセアニアで学ぶ人類学』(昭和堂、2020年12月)
本書は、昭和堂の「〇〇で学ぶ文化人類学」シリーズの一冊であり、序章でも述べられているように、〇〇(地域名)を知ることと人類学を知ることがパラレルになるような相互
構成的特徴をもつ。オセアニア地域ならびに人類学に関心のある一般読者を想定した本書は、同時にこの学問領域を学ぼうとする大学生向けの教科書でもある。
近年の文化人類学においては、個別地域から乖離した研究動向が見受けられる。一方、元来の人類学は、個別地域におけるフィールドワークと切り離せない知的
営為であった。したがって、この学問は、歴史的に構築されてきた人々の生活を抜きにして成立しえなかった。本書は、そうした人類学の原点をあらためて見直
す意識をもって編まれている。
他のシリーズと比較したとき、まず本書のタイトルが<文化人類学>ではなく、広く<人類学>と銘打っている点にお気づきだろう。実際、本書には、文化人類
学だけではなく、自然人類学、生態人類学、考古学などの研究成果が盛り込まれている。これは、海洋世界であるオセアニアと、その特異な環境に生きる人間を
総体的に理解しようという本書のコンセプトを反映したものである。また、各章の執筆者は、いずれも日本オセアニア学会という学際的なアカデミーで育った
「現役の」研究者である。思い出話ではなく、オセアニアの調査地で収集したデータにもとづくフレッシュな論考を集めるように心がけた。
「はじめに」と「この本をおもしろく読むための方法――あとがきに代えて」を除くと、本書の構成は、以下のとおりになっている。
序章 オセアニアを知り、人類学を学ぶ
第1章 人類史(1)―発掘からよみとくオセアニア移住史と海洋適応
第2章 人類史(2)―ゲノムに刻まれたオセアニアにおける人類の歴史
第3章 環境―オセアニアにおける植物利用の民族学
第4章 生業―パプアニューギニアの「焼かない焼畑」
第5章 医療―パプアニューギニアではどのように治療が選ばれるのか
第6章 婚姻―夫と妻、そしてXがつむぐマヌスの結婚生活
第7章 家族・親族―人工の島々に住まうマライタ島の人々
第8章 政治―ポーンペイの首長制と民主主義
第9章 経済―贈与交換のニューギニア、あるいは人と物の溶け合うところ
第10章 宗教―メラネシアの世界観とキリスト教
第11章 芸術―オセアニアの芸術と工芸の交差点
第12章 身体―イレズミからみるポリネシア社会の歴史
第13章 先住民―ニュージーランド・マオリの政治と日常
第14章 植民地―ヨーロッパ諸社会による支配と先住民フィジー人の自律
第15章 観光―オセアニア・イメージの消費
第16章 文化遺産―ナンマトル遺跡の保全と活用
第17章 資源開発―パプアニューギニア高地の天然ガス
第18章 環境問題―ツバルの気候と社会の変化
以上のように、縦軸として広義の人類学という専門分野を、横軸として個別テーマを交差させた本書がカバーする範囲は、幅広い。初学者を想定して人類学の
古典的なテーマを踏襲しつつ、オセアニアが直面している現代的な問題を取り上げている。オセアニア地域ならびに人類学について少しでも関心をもつ読者に、
本書を広く紹介していただけたら幸いである。
(編者)
新入会員
奥田梨絵(神戸大学大学院国際協力研究科博士前期課程)
山口優輔(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士過程)
所属変更
大津留香織(台南応用科技大学デザイン学部漫画学科)
*新入会員の連絡先についてはsecretary[アットマーク]jsos.netにご連絡下さい。問題なければ紹介いたします。
*ご所属やメールアドレス変更、退会希望の場合は、secretary[アットマーク]jsos.netにご連絡下さい。
寄稿について
日本オセアニア学会ニューズレターでは、論文・報告・新刊紹介の寄稿を随時受け付けております。
- 寄稿資格:日本オセアニア学会員に限ります。
- 寄稿枚数:
- 論文:400字詰め原稿用紙30枚程度(注釈、図表、写真、参照文献リスト等を含む)
- 報告:400字詰め原稿用紙10枚程度(注釈、図表、写真、参照文献リスト等を含む)
- 新刊紹介:400字詰め原稿用紙5枚程度
その他、寄稿に関わるご相談は、下記までお問い合せください。
寄稿先/お問い合わせ先
編集委員 馬場 淳(理事)junbaba[アットマーク]wako.ac.jp
印東道子
私が最も尊敬していた石川栄吉先生のお名前を冠した賞をいただけるのは正に夢のようであり、とても光栄です。石川先生が企画された一般向けの「南太平洋
研究講座」を受講したのが、私が「オセアニア」という研究分野と出会ったきっかけでした。1972年当時、東京女子大学の史学科2年生だった私にとって、
石川先生をはじめ、青柳真智子、石毛直道、牛島巌、島五郎、杉本尚次、藪内芳彦など、オセアニア研究の最前線で研究されていた多様な専門分野の諸先生方の
お話を身近に聞くことができる夢のような1年でした。この講座をきっかけに、ミクロネシアのチュークでの発掘調査に参加したことでフィールドワークの魅力
にとりつかれ、考古学を中心としたオセアニア研究を続けることになりました。石川先生は正に私自身の進むべき道を見つけるきっかけをつくって下さった恩人
です。
その後、私は1982年からニュージーランドのオタゴ大学大学院へ留学し、ヤップ島で行った土器技術に関する民族考古学調査をもとに学位論文を作成する
日々を送っていました。ほぼ完成したころに、石川先生から突然お手紙をいただき、帰国することになりました。石川先生は環太平洋文化研究を柱とした国際文
化学部を新設する北海道東海大学の専任教員として私を推薦して下さり、研究者としての道を拓いて下さったのです。
1988年に札幌の北海道東海大学で教育・研究生活を始めてからは、学会活動を通して少しでも恩返しができればと思い、当時の学会誌Man and
Culture in
Oceania(大塚柳太郎編集長)の編集をお手伝いしましたが、学会誌の編集をいかにより良く進めるかなど、さまざまな点で勉強になることばかりでした。1994年から
は編集長を任されましたが、補助金もなかった当時はすべて手弁当でした。まだインターネットは使えずに、海外の査読者との連絡は郵送で行うために時間が掛
かりました。文章の割付などは大変複雑なTeXを使って編集し、表のTeX作業は須田一弘さんに手伝っていただき、DTP印刷した版下を印刷所に送ってよ
うやく編集終了でした。学会誌を海外からも注目される国際学術誌に育てたいと頑張った中で、もっとも貢献できたと自負しているのは、誌名をPeople
and Culture in Oceaniaに変更することを提案し(Newsletter 58)、実行できたことです。
オセアニア学会設立15周年および30周年には、それぞれ記念の論集刊行の際に編者としてお手伝いしましたが、確実にオセアニア学会の会員の層が厚くな
り、石川先生が播いた種が結実しつつあることをひしひしと感じました。またその間、設立20周年に際しては「南太平洋のフロンティア」と題した国際シンポ
ジウムの企画をお手伝いし、P. ベルウッド、P. カーチ、J.
デヴィッドソンという一線級のオセアニア考古学者を招待することも出来ました。シンポジウムのすぐあとに行われた学会の研究大会にも参加した彼・彼女らが、通例の温泉での
学会を堪能していたことを今でも鮮明に記憶しています。
石川先生はもういらっしゃいませんが、石川先生が創設された「日本オセアニア学会」が今後も益々発展し、素晴らしい学会に育つことを心から念じ続けてい
ます。
2020年度日本オセアニア学会賞選考委員会
1.
本学会賞受賞資格者は本学会会員で、対象となる著書または論文の刊行時に原則として40歳未満とする。対象となる著書または論文は1編とし、2019年1月1日から
2020年12月31日までに刊行されたものとする。なお、該当する著書または論文が複数の著者によるものの場合は、筆頭著者のものに限定する。
2. 候補者の応募は自薦あるいは本学会員からの他薦による。他薦による場合は、他薦者は被推薦者(候補者)の了解を得ていることが望ましい。
3.
自薦の場合は、選考対象となる著書または論文について、1部以上を日本オセアニア学会事務局宛に送付するものとする。送付に際し、連絡先(住所、FAX番号、E-mail
アドレス)を明記するものとする。
4.
他薦の場合は、推薦者の氏名と被推薦者(候補者)の氏名、被推薦者の連絡先(住所、FAX番号、E-mailアドレス)、および被推薦者の選考対象となる著書または論文名
を明記する。雑誌論文の場合は、雑誌名、巻号、出版年を、著書の場合は著書名(分担執筆の場合は、担当章のタイトルと著書のタイトル、編者名)、出版社、
出版年を明記する。この場合も、著書または論文をオセアニア学会事務局に送付することが望ましいが、送付されていない場合でも受理する。なお、推薦理由が
必要であると判断する場合は、200字以内の推薦文を添付してもよい。
5. 応募期間は2020年11月1日から2021年1月15日まで(必着)とする。
6.
送付先は下記とする。自薦の場合は、著書または論文を同封する必要があるので、郵便ないしは宅配便で送付することし、他薦の場合は郵便以外にE-mailでも受け付けるこ
ととする。
(日本オセアニア学会事務局)
〒565-8511 大阪府吹田市千里万博公園10-1 国立民族学博物館
丹羽典生研究室 宛て
TEL 06-6876-2151(代)FAX 06-6878-7503(代)
E-mail: secretary[アットマーク]jsos.net
7. 事務局は自薦および他薦の書類を受領してから1週間以内に、受領した旨の連絡をし、受領書類を選考委員長へ郵送する。
8. 2021年1月15日以降、選考委員会は厳格な審査を行い、その結果を本年度の本学会総会の開催前に理事会に報告する。
<注 記>
1. 応募者はPCOに論文を掲載したことがあるか、掲載したことがない場合は、受賞後数年内にPCOへ投稿することが望まれます。
2. 選考を円滑に進めるため、すでに刊行されている書籍または論文については、募集期間が始まり次第、速やかに、応募して下さるようお願いします。
3. オセアニア地域に関わるあらゆる研究分野の作品が対象となっています。
第 1 条(目的)
日本オセアニア学会はオセアニア地域における人間、文化、社会、環境などの研究の
振興を目的とし、「日本オセアニア学会賞」を制定する。
第 2 条(資格)
日本オセアニア学会員であること。
第 3 条(対象)
オセアニア地域研究に関し、前年度及び前々年度において最も優秀な著書又は論文を
公にした個人。但し、刊行時において原則として満 40 歳未満の者とする。
2 賞の授与は各年度 1 名とする。
第 4 条(選出方法)
賞の選考は理事会が委嘱した 5 名の日本オセアニア学会賞選考委員が行う。
2 以上の選考結果に基づき理事会が受賞者を決定する。
第 5 条(賞の授与)
賞の授与は日本オセアニア学会総会で行う。
第 6 条(賞状等)
受賞者には賞状等を授与する
附則
この規定は平成 13 年 4 月 1 日より施行する。
本規定の改定は令和 2 年 7 月 31 日より施行する。
第38回研究大会・総会事務局 黒崎岳大
第38回日本オセアニア学会研究大会・総会を下記の要領で開催いたします。今回は、新型コロナ感染症対策の中で、研究大会・総会はオンライン( ZOOM
)上で開催いたします。会員の皆様の多数のご参加をお待ちしております。参加および発表エントリーにつきましては、学会ホームページの参加フォームをご利
用の上、 2021年2月5日(金)までにお知らせください。
【日時】
2021年3月18日(木) 10:00~12:40、13:10~18:00
(理事会および評議会:研究大会日の1~2週間前に別途テレビ会議で開催予定)
※18日(木)9:30よりZOOM上に入室できるように設定します。
【会場】
ZOOM上で開催:参加者宛には大会の前日までにZOOMのURLをメーリングリストで送付する予定です。
【研究大会・総会スケジュール】
3月18日(木)
10:00~10:10 会長挨拶
10:10~12:40 一般発表
13:10~14:30 総会・学会賞表彰等・学会賞受賞者講演
15:00~18:00 一般発表
【参加費】
有職者・無給者(大学院生、学生等)ともに無料
【参加・発表申し込み】
参加フォームに沿って、参加・発表についてご記入ください
。発表される場合には、「発表題目」の記入が必要です。なおフォームをご利用いただけない場合は、ご氏名と連絡先を明記の上、メールで必要事項を大会・総会事務局にお知ら
せください。発表時間は演題数にもよりますが、質疑応答を入れて20〜25分程度を予定しています。。
関東地区研究例会幹事 里見龍樹
今年度の関東地区例会では、オセアニア言語人類学の分野で精力的な研究を展開されている紺屋あかり会員と浅井優一会員をお迎えし、お二人のご研究の最新の
展開についてお話しいただきます。
今年度の関東地区例会は、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、オンライン会議システムZoomを用いて開催いたします。日程と参加申し込みの方法
は下記の通りです。万障お繰り合わせの上ご参加くださいますようお願い申し上げます。
日時:2021年2月21日(日) 14:00~17:30
参加申し込み:2月19日(金)までに、参加ご希望の旨をjsos.kanto2020[at]gmail.comまでメールでご連絡ください([at]
を@に変えてください)。当日までにZoomへの参加方法をお伝えします。
発表者:紺屋あかり会員(明治学院大学)、浅井優一会員(東京農工大学)
コメンテーター:橋爪太作会員(早稲田大学)、里見龍樹会員(早稲田大学)
プログラム
14:00~14:50 第1発表 紺屋あかり会員
「パラオにみることばの物象化と海の底の石」(仮題)
14:50~15:10 コメンテーター2人によるコメント
15:10~15:40 質疑応答
休憩(10分)
15:50~16:40 第2発表 浅井優一会員
「外来王を巡るプラグマティクス:現代フィジーにおける神話の語りと儀礼の秩序」(仮題)
16:40~17:00 コメンテーター2人によるコメント
17:00~17:30 質疑応答
※プログラムに変更が生じる可能性があります。
※例会終了後、Zoom上で懇親会を行います。飲み物をご用意ください。
お問い合わせ:ryuju.satomi[at]waseda.jp([at]を@に変えてください)
関西地区研究例会幹事 深川宏樹
2020年度の関西地区例会を以下のとおり開催します。どうぞみなさまお誘い合わせのうえ、ご参加いただけますようよろしくお願いいたします。
◆日時:2021年1月9日(土)13:00~17:15
◆会場:オンライン開催(Webex Meetingsを使用)
*ご参加の方は、以下のメールアドレスより、ご参加の旨をお知らせくださいますようお願いいたします。メール返信にて、オンライン開催のアドレス等をお知
らせいたします。
kansaireikai2020アットマークgmail.com (‟アットマーク”を"@"に変えて下さい)
*なお、ご参加の受付は、関西地区例会当日の1月9日(土)12時までとさせて頂きます。
◆プログラム
【発表1】
13:00~14:00 発表者:土井冬樹(神戸大学)
「二文化主義の実践――ニュージーランド警察が踊る先住民マオリの踊り」
14:00~14:15 コメンテーター: 深山直子(東京都立大学)
14:15~15:00 全体での討論
【発表2】
15:15~16:15 発表者:矢野涼子(神戸大学)
「第二次マウ運動におけるサモアの現地住民による嘆願――人々の多様性と統合・対外地域との結びつき」
16:15~16:30 コメンテーター: 飯高伸五(高知県立大学)
16:30~17:15 全体での討論
◆研究会終了後、オンラインで懇親会を開催します。こちらもぜひご参加ください。(ご参加の方は、お手元にお飲み物等をご用意ください)。
◆問い合わせ先
深川宏樹 hirokifukagawa13アットマークgmail.com
(‟アットマーク”を"@"に変えて下さい)
【新刊紹介】
秋道智彌・印東道子(編)
『ヒトはなぜ海を越えたのか――オセアニア考古学の挑戦』
(雄山閣、2020年3月)
海を越えたヒトの研究
「人はなぜ海を越えたのか」と題する書を2020年3月に雄山閣から刊行した。本書の表題にある「渡海」の要因について、かつて小山修三は、大阪の国立
民族学博物館(以下、民博)で開催された「海人の世界」と題するシンポジウムで、渡海にはプッシュ要因とプル要因のある点を指摘した(小山 1998)。
戦争・食料不足・火山噴火・疫病の蔓延などは島外に脱出するプッシュ要因である。新天地のもつ様々な魅力や極楽浄土・不老不死の妙薬の探検などはプル要因
である。最近では、エルニーニョやENSOなどの気象変化による風向きの変化が移動を誘発したとする説がある(Anderson et al.
2006)。もちろん、ある地域や島から周囲に島が見える場合もあれば、見えなくとも海鳥の飛来、木の葉や木の実、流木、軽石などの漂流物によって、見えない海の向こうに
陸地を想定する場合もあったであろう。2つの要因論に加えて、嵐などで舟が流され、漂流(=ドリフト)の結果、新天地を発見・到達した場合もある。もちろ
ん、途中で沈没、餓死などで命を落とした人びとも数知れない。海を越えることは危険を伴う反面、未知の世界を目指す冒険心と希望があったであろう。
渡海の動機付けの問題以上に、これまでに島と島、島とサンゴ礁をつなぐ「海の道」は目には見えないが、オセアニア中に張り巡らされている。もちろん、ハイ
ウェイにも似た道や、暗礁と高い波で進入禁止となる地点が無数にある。風、波、魚、海鳥、クジラ、流木、木の実など、「海の道」にはさまざまな事象がとも
なう。昼間と夜間でも、海の様子は異なるし、太陽、月、星なども「海の道」をたどる上で重要な標識となった。オセアニア中に拡散したオーストロネシア語族
の人びとの拡散の歴史を考古学、人類学、言語学、民族生物学などを重要な方法として紐解くことは、「海の道」を明らかにすることにほかならない。この作業
は魅力あるテーマであり、今後も継承されることはまちがいない。
本書の構成
本書は戦後のオセアニア研究に従事してきた執筆者から構成されている。その道標となり、本書を刊行する大きな動機付けとなったのは、ハワイのビショップ
博物館に所属し、長年、オセアニア考古学のパイオニア的存在として偉大な業績を残したタテオ・シノト、つまり篠遠喜彦氏(1924~2017)がこの世を
去られたことであった(篠遠がポリネシア考古学に残した足跡がいかに大きかったかは P.
Kirch(2018)に詳しく紹介されている)。2019年4月29日、京都の梅棹忠夫邸で開催されたシンポジウムにおいて、最後に編者の一人である秋道が、「篠遠先生
に捧げる書を出したい」と宣言したことに端を発する。
執筆者は30代の若手から70代を越える研究者まで幅広い。分野も考古学を中心に、海洋人類学、自然人類学、言語学、民族植物学、カヌー研究、世界文化
遺産写真家など多彩な広がりをもっている。
本書は5章からなる。第1章はポリネシアへの拡散モデル、第2章はオセアニアにおける移住史とそのモデル、第3章は航海とカヌー、第4章はポリネシアの
文化複合とアジアとのつながり、第5章はオセアニアの文化遺産と考古学の貢献にわけて論を展開した。各章は論文とコラムをあわせて3~5篇から構成されて
いる。引用・参考とした論文・単行本にはオセアニア研究であることを踏まえれば、日本語のみならず英米・ドイツ・フランス語の引用が数多く含まれており、
それらを集積したものは、現在におけるオセアニア研究を展望する最新情報となった。
研究の時間軸は旧石器時代からオセアニアへの人類拡散を経て、現代における文化遺産の保全活動にいたるまで数万年間を対象としている。地域としては台湾か
ら東南アジア、オセアニア全域におよび、世界でもっとも広い範囲に拡散したオーストロネシア語族の研究にふさわしく広大である。以下、考古学的な研究の
エッセンスについて触れ、つぎに周辺の人類学、言語学、文化遺産学などの重要な知見について紹介したい。
本書においてもっとも提起したいのは、「海の道」をたどった人びとの生きざまについて時代を超えて探ることである。「海の道」を考古学資料のみで復元す
るのは簡単ではないが、異分野の研究を融合して移動の背景も理解することで、「海の道」への複合的なアプローチが可能になることを示したかった。以下で
は、章ごとにその内容を紹介してゆく。
考古学からみたオセアニアの「海の道」
ポリネシアへの人類の拡散の歴史については、言語や神話などから探られた時期もあるが、実際に過去のポリネシア人が食べたり使ったりした残滓や道具類を
掘り出して研究する考古学の説得力は強い。ハワイで途中下船したままポリネシア考古学にとりつかれ、一生を捧げることになったのが篠遠喜彦であった。第1
章では、ポリネシアにおける考古学研究の歴史を篠遠の貢献と共に見て行く(後藤明)。1950年代のハワイ考古学は、地上のマラエなどの石造構造物が主要
な研究対照となっていたが、年代測定法を取り入れ、出土する貝製の釣り針の型式が時間とともに変化する様子を初めて明らかにしたのが篠遠であった(丸山清
志)。また、K.エモリーと共に提唱したポリネシア全域への拡散モデルは、ながらく考古学以外のポリネシア研究者にも「オーソドックス・シナリオ」として
広く使用されてきた(野嶋洋子)。
第2章では、篠遠以降の拡散モデルが紹介されている。まず、ポリネシア人の祖集団と考えられる集団の存在が、メラネシアから西ポリネシアにかけて分布し
たラピタ土器が発掘されて明らかになるにつれ、ポリネシアに拡散するまでの動きが明らかになってきた(石村智)。しかし、発掘件数が増えるにつれ、大量の
年代測定値が報告され、拡散年代も古くなる傾向にあった。中には本当に人間活動に伴われた年代なのかが疑われるような年代も含まれるようになっていた。そ
のため、1993年に、それまで報告されていたオセアニアの先史遺跡の年代全てを見直す研究が行われ(Spriggs and Anderson
1993)、人間の移住年代が大幅に新しくなった島もあった。また、それに伴って、篠遠らが提唱していた人間の移動モデルも変更された(印東道子)。他方、オセアニアの人
びとが通過した東南アジア島嶼部は、島に居住するのに重要な動植物類を入手した地域であり、更新世代から人間が海を越えて移動していた(小野林太郎)。コ
ラムでは、ヴァヌアツで見つかった縄文土器について紹介されている。これは、フランス人考古学者J・ガランジェが出版したヴァヌアツでの発掘報告書に、数
点の縄文土器の写真が含まれていたことから、本当に縄文土器が出土するのかどうか、篠遠が行った調査の様子とその顛末が、発掘参加者によって紹介されてい
る(藍野裕之)。
モノ・言語・知識からさぐる「海の道」
考古学の遺物や遺跡と文化遺産としての保存など以外に、カヌー・漁具・栽培作物・家畜などのモノ、各地域の言語、海を越える知識としての航海術に関する
考察やアジアとのつながりを第3章と第4章で展開した。
まず、復元されたダブルカヌー「ホクレア」によるハワイからタヒチへの復元航海の実態(後藤明)やオセアニアに広く分布するアウトリガーカヌーの構造や
機能についての詳細な分析を記述した(須藤健一)。カヌー、帆、櫂などの操船にちなむ語彙について比較言語学的な考察を加え(菊澤律子)、釣り針に関して
は更新世のものから各地で多様に分化した様子がコラムで紹介されている(小野林太郎)
オセアニアの人々がアジア起源であることは知られており(片山一道)、同じくアジア起源のブタ・ニワトリ・イヌなどの家畜とタロイモ・ヤムイモ・バナナ
パンノキなどの栽培植物の語彙については、民族植物学と比較言語学での蓄積がある(Barrau 1958,
1961)。サツマイモは中南米起源であり、オセアニア世界にもたらされた経緯はYenによる3極説がある(Yen
1974)。最近の知見については秋道がまとめている(秋道 2018)。さらに、海岸部に生育する可食可能な野生種子(カンラン・モモタマナ・ククイ・タイヘイヨウグル
ミ・サガリバナ・ゴバンノアシ)のオセアニア祖語などについても今後、比較研究を進める可能性を示唆した(秋道智彌)。植物のみならず、アジアから持ち込
まれた植物類のオセアニアにおける移住史の議論では、「高い島」と「低い島」における居住地の選択が重要とされてきた。水の利用可能性とともにイモ類の栽
培技術(風間計博)、さらにポリネシアにおける汽水域やタロイモ畑での蓄養池(ロコ・イア)技術の開発(秋道 2016)など、王権と儀礼・供物の供給な
ど、考察すべき課題がまだまだある。これら、動植物に関する遺伝研究も進んでおり、単に存在の有無を追うだけでは見えなかった島嶼間のコンタクトの状況
を、動植物の移動という視点から見ることが可能になってきている(印東道子)。また、石斧と貝斧という同じ機能を持った道具をとりあげることによって、分
布が重なる島の存在を社会的背景と結びつける意義も紹介された(山極海嗣)。
第5章では、オセアニアの文化遺産とその復元活動を早くから行っていた篠遠の活動を振り返り(林徹)、オセアニアで登録された世界文化遺産や、現在登録
を目指している暫定的な登録遺産も紹介された(石村智)。ハワイにおける脱植民地運動にはビショップ博物館の考古学調査が深くかかわっており、ホクレア号
の復元や、篠遠がタヒチで発掘したダブルカヌーなども多様な形で運動に影響を与えた(大林順子)。ポリネシア文化の特徴の一つに、マラエとよばれる石を敷
き詰めた神聖な空間があるが、それらの復元に篠遠がかかわっていた例としてクック諸島のラロトンガ島(山口徹)と、タヒチで実際に復元にかかわった様子
(飯田裕子)などがコラムで紹介されている。
なお、本書の出版時期は、折しも、新型コロナウイルス(COVID-19)の蔓延が日本で発生する直前に当たった。日本は島国であり、今では空路・航路
を通じて海外から多くのヒトが入国する。オセアニア世界でコロナ禍の状況はどうであったのか。2020年3月、フランスのパリに滞在していたタヒチ人の女
性が帰国後、陽性が判明したのが最初の例であるが、その後、感染の拡大はヨーロッパ、米国、ブラジル、インドなどとくらべてわずかである。コロナ禍の影響
で、オセアニアへの観光客や外来の訪問者がいち早く徹底的に制限されたこと、島であることにより外界の影響から海によって隔離されていることが幸いした。
ただし、新型コロナウイルスにかぎらず、オセアニア世界では外界から疫病がもたらされた歴史は移住初期の時代からあった。
これらの問題は今後のオセアニア研究でもぜひとも取り組むべき研究課題である。秋道は『疫病と海』と題する書の編集にあたっており、2021年3月に刊
行予定である(秋道・角南 印刷中)。
文献
秋道智彌 2016. 『越境するコモンズ――資源共有の思想をまなぶ』臨川書店。
秋道智彌
2018. 「海のエスノネットワーク論と海民――異文化交流の担い手は誰か」小野林太郎・長津一史・印東道子編『海民の移動誌』昭和堂、38-65頁。
秋道智彌・角南篤編 (印刷中) 『疫病と海』(海とヒトの関係学4)西日本出版社。
印東道子 2017. 『島に住む人類――オセアニアの楽園創世記』臨川書店。
小山修三 1998. 「石器時代の海人――山立て航海と推測航海」秋道智彌編『海人の世界』同文舘、21-46頁。
篠遠喜彦・荒俣宏 1994. 『楽園考古学』平凡社。
Anderson, A., J. Chappell, M. Gagan and R. Grove 2006. “Prehistoric
maritime migration in the Pacific islands: A hypothesis of ENSO
forcing.” The Holocene 16(1): 1-6.
Barrau, J. 1958. Subsistence Agriculture in Melanesia. Bernice P. Bishop
Museum Bulletin 219. Bernice P. Bishop Museum Press.
―――― 1961. Subsistence Agriculture in Polynesia and Micronesia. Bernice
P. Bishop Museum Bulletin 223. Bernice P. Bishop Museum Press.
Kirch, P. 2018. “Yoshihiko H. Sinoto (1924-2017) and his contributions
to Polynesian archaeology.” Asian Perspectives 57(2): 325-336.
Spriggs, M., and A. Anderson. 1993. “Late colonization of East
Polynesia.” Antiquity 67 (255): 200-217.
Yen, Douglas 1974. The Sweet Potato in Oceania: An Essay in Ethnobotany.
Bernice P. Bishop Museum Bulletin 236. Bernice P. Bishop Museum Press.
(編者)
【新刊紹介】
Okamura, Toru & Kai, Masumi (Eds.)
Indigenous Language Acquisition, Maintenance, and Loss
and Current Language Policies
(IGI Global US、2020年8月)
本書は、世界の危機言語の現状を、フィールドワークをもとに記述するものである。第I部は欧米およびアフリカ、第II部はオーストラリアおよびオセアニ
ア、第III部はアジアの危機言語を対象とした。本稿では特に第II部の研究論文を中心に紹介したい。分析に関しては、言語学的・社会言語学的視座から、
当該言語社会の姿を描くことを試みた。
本書の構成は、以下のとおり3部12章である。
序論
第I部 Americas, Europe, and Africa
第1章 How the Perceived Language Status of Brunca Resource Allocation
in Costa
Rica: Policy vs. Reality
第2章 Critical Language Pedagogy in Scotland: The Case of Gaelic Medium
Education
第3章 Language Endangerment in Africa
第Ⅱ部 Australia and the Pacific
第4章 Australian Aboriginal Languages: Their Decline and Revitalisation
第5章 Preserving the Nauruan Language and Pidgin English in Nauru
第6章 Acquisition and Maintenance of the Indigenous Chamorro Language in
the
Youngest Generation in Guam
第7章 A Discourse Analytic Approach to Practices of Hawaiian Language
Revitalization in the Mass Media: Style, Bivalency, and Metapragmatic
Commentary
第8章 Persons and Address Terms in Melanesia: A Contrastive Study
第Ⅲ部 Asia
第9章 Selective Language Maintenance in Multilingual Malaysia
第10章 Language Shift and Maintenance in Uttarakhand, a Hilly State of
India
第11章 The Origin and History of the Extinct Contact-Induced Language,
Matagi
第12章 Raising Awareness of Language Minorities in Japan: Teaching About
the Ainu,
Okinawans, and Nikkei-jin
本書全体のキーワードは、「言語保持」、「言語衰退」、「言語接触」、「言語政策」、「言語復興」の五つである。
オセアニア地域を研究対象とした言語学の研究は多岐にわたるが、とりわけ言語の消滅および保持の研究は有意義なものと考える。この地域は多様な言語的世界
を形成している。これらの地域では、多くの在来言語が危機に瀕している。その一方で新たに誕生する言語もある。これらの言語が危機に瀕する要因を考察する
ことが本書の核心部分である。同時にそれは地球規模的な課題であり、早急にその解決のためのモデルを構築する必要がある。そのためにはまず、オセアニア地
域における言語の衰退に関するメカニズムを解明し、それが世界の他の地域で話されている危機言語の保持にも貢献する理論か検討する必要がある。
オーストラリアおよびオセアニア島嶼地域における危機言語について概観しているのは第Ⅱ部(第4章、第5章、第6章、第7章、第8章)である。まず、オー
ストラリアの危機言語について、著者は長年のフィールドワークを基に、その実態を述べ、特にオーストラリア原住民語の能格という文法現象を、言語類型論的
に考察し、その文法現象が世界の他の地域にも散見されるとしながらも、それは日本語にはない特性で、大変貴重だとする。能格型格組織とは、他動詞の目的語
と自動詞の主語が同じ格で示され、他方、他動詞の主語が別の格で示される文法現象をいう。このような特性を有する言語を、著者はオーストラリアばかりでな
く世界の財産として位置づけるべきとする。そのための正書法は、ヨーロッパ的なものでは決して実態を反映しないので、著者自ら具体的な提案をしている。
次にナウル共和国で話されている、ナウル語およびピジン英語に関する論考を取り上げたい。著者は、居住環境が崩れなければ、どんなに社会で排他されよう
が、言語は衰退しないと主張している。そして、居住環境が崩れる社会があるとすれば、そこには必ず、当該言語話者に対して、政治的・経済的・社会的・制度
的な圧力が過去に存在したとする。
三つ目に、グアム島のチャモロ語に言及したい。著者は近年、チャモロ語の話者が減少していることを歴史的・社会的背景に触れながら、その実態を述べ、特に
若い世代で顕著な傾向が見られるとした。582名分のアンケート調査資料を集め、その結果、80. 4%
がチャモロ語を「理解する」と回答したものの、実際にチャモロ語を「とても上手に話す」と回答した者は4.5%に過ぎなかったと報告した。チャモロ語を母語として獲得した
者は2.6%、「定期的にチャモロ語を使用している」と回答した者が9.8%しかいないことを明らかにした。当該言語社会は、チャモロ語から英語への言語
シフトが進行していると結論づけた。
四つ目に、ハワイ語の例を紹介する。著者は、ハワイ語ラジオ番組から、10の抜粋のやりとりを分析することで、危機言語としてのハワイ語を再活性化しよう
という共同体の姿を報告した。こうした価値観を共有・再確認する場として当該番組が社会的に機能するとともに、共同体の結束を維持・強化していたと結論づ
けた。
五つ目に、メラネシア地域の諸言語を取り上げる。著者は、ニューギニアおよびバヌアツの六つの言語を対象に、人称代名詞と呼びかけ表現の文法的・社会言語
学的特徴を調査している。特に親族関係語彙と呼びかけ表現および人称代名詞の用法とその動詞屈折を研究対象としている。社会的関係とその文法特性の間にい
くつか規則があることを明らかにしている。一方、クレオール語ではこうした抽象性が単純化されているとした。
第I部(第1章、第2章、第3章)では、コスタリカのブランカ語、スコットランドのゲール語、アフリカの諸言語の現状が、第Ⅲ部(第9章、第10章、第
11章、第12章)では、マレーシア、インド、日本の現状が報告されている。このうち、日本国内に関しては、マタギ語、アイヌ語、沖縄語、日系ブラジル人
のことばに触れている。
言語の衰退には様々なファクターが存在することが上記の報告と分析からわかるが、言語が衰退する過程に関するモデル提示について、新たな可能性を示すもの
であると、本書は結論付けた。
(岡村徹)
新入会員
酒井萌乃(神戸大学大学院保健学研究科博士後期課程)
天野紗緒里(名古屋大学大学院人文学研究科博士後期課程)
所属変更
河野正治(東京都立大学人文社会学部)
寄贈図書
梅﨑昌裕・風間計博(編) 『オセアニアで学ぶ人類学』昭和堂、2020年12月。
*新入会員の連絡先についてはsecretary[アットマーク]jsos.netにご連絡下さい。問題なければ紹介いたします。
*ご所属やメールアドレス変更、退会希望の場合は、secretary[アットマーク]jsos.netにご連絡下さい。
日本オセアニア学会ニューズレターでは、論文・報告・新刊紹介の寄稿を随時受け付けております。
- 寄稿資格:日本オセアニア学会員に限ります。
- 寄稿枚数:
- 論文:400字詰め原稿用紙30枚程度(注釈、図表、写真、参照文献リスト等を含む)
- 報告:400字詰め原稿用紙10枚程度(注釈、図表、写真、参照文献リスト等を含む)
- 新刊紹介:400字詰め原稿用紙5枚程度
その他、寄稿に関わるご相談は、下記までお問い合せください。
寄稿先/お問い合わせ先
編集委員 馬場 淳(理事)junbaba[アットマーク]wako.ac.jp
日本オセアニア学会会長 柄木田康之
2019年度の日本オセアニア学会第37回研究大会・総会は、新型コロナウイルスの拡大防止の観点から、中止といたしました。理事会・評議員会で審議い
たしまして、それに代わってオンラインでの臨時総会開催を決定しました。会員の集合する対面式ではなく、以下の手順で行います。
・臨時総会の期日を7月20日から7月31日といたします。
・期日が始まりましたら、通常会員向けのメーリングリストにて、臨時総会関係資料をお送りいたします。
・あわせて、日本オセアニア学会のホームページにて臨時総会のための窓口を開設して、みなさまのご意見を受け付けいたします。
・特段のご意見がなかった場合は、承認とさせていただきます。
・ご意見が出た場合は、理事会でお諮りしたうえで必要があれば対応を通常会員向けメーリングリストで配信するか、どのように対応したのか議事録に記載いた
します。
・臨時総会では、石川榮吉賞及び日本オセアニア学会賞の授与式は開催いたしません。賞状等は会長や理事が受賞者にお渡し、その様子を学会ホームページにて
お知らせします。
今回は、新型コロナ対策の関係で通常とは異なる開催方法となっております。みなさまのご協力を賜りたく、お願い申し上げる次第であります。
1) 受賞者: 印東道子 会員(国立民族学博物館・名誉教授)
2) 推薦理由
印東道子氏は、1970年代よりミクロネシア・ヤップ諸島を中心に考古学的な調査を開始した。そのなかでは、とくにヤップにおける土器研究への進展に寄
与した。1990年代からはミクロネシア・ファイス島での発掘により、離島に位置するサンゴ島でも2000年間におよぶ豊かな生業や、海を越えた活発な交
易・接触があったことを実証した。これは、人類史の解明に対する大きな成果として特筆できる。またオセアニア全域に関する人類史や考古学的研究の成果を紹
介する多くの研究書・一般書の編集・刊行を通じて、日本におけるオセアニア研究の発展と裾野を広げることに大きく貢献した。代表作には、日本語で公刊され
た書籍に限定しても、単著として『オセアニア-暮らしの考古学』(朝日新聞社、2002年)、『島に住む人類-オセアニアの楽園創世記』(臨川書店、
2017年)、編著として『人類の移動誌』(臨川書店、2013年)など多数ある。
氏の本学会での活動としては、2013年から2015年にかけて1期2年間会長を務めたほか、理事・評議員などの役職を長年にわたって歴任した。ことに
国内外のオセアニア関係の学術誌の編集に長期にわたり関わることで、日本のオセアニア研究を世界に発信するとともに、編集担当理事を編集長(1994年か
ら1998年)及び編集委員として(1991年から2001年、2009年から2013年)、長年務めることで日本オセアニア学会の機関誌を国際的なもの
に高めることに一方ならぬ貢献を行った。
以上のように、オセアニア研究の振興に多大なる寄与を果たしてきたこと、くわえて、長年にわたり日本オセアニア学会の発展に貢献してきたことから、印東
氏を石川榮吉賞受賞者として推薦することを決定した。
*授与式及び授賞スピーチは、通例、日本オセアニア学会総会にて開催されますが、2020年度臨時総会は新型コロナ感染症の拡大防止の観点から対面式で行
われません。それに伴い、授与式及び授賞スピーチも行いません。賞状等につきましては、事務局より別途お渡しさせていただきます。その際の写真等は、おっ
てホームページ等に掲載することを検討しております。
1) 受賞者: 河野正治 会員
対象著作: 『権威と礼節――現代ミクロネシアにおける位階称号と身分階層秩序の民族誌』風響社、2019年
2) 選考理由
河野正治著『権威と礼節:現代ミクロネシアにおける位階称号と身分階層秩序の民族誌』(単著、単行本、風響社)は、ミクロネシア地域のポーンペイ島社会
における首長制の現在に関して、人類学的な調査にもとづいた記述と分析を展開する力作である。ポスト植民地時代を生きる島民たちが、伝統的権威体制と近代
国家体制の関係をいかに作りだすのか、首長国と近代国家の諸水準において身分階層秩序を生きる実践知をいかに形成しつつあるのかに関して、説得力のある議
論を提示することに成功している。このことは相互行為を中心にして厚みのある記述と考察が重ねられた成果であり、著者の入念な観察と思考の産物である。現
代オセアニアの民族誌として、人類学のみならず関連諸分野に広く紹介されるべき著作である。
第19回(2019年度)日本オセアニア学会賞選考委員会
*授与式は、通例、日本オセアニア学会総会にて開催されますが、2020年度臨時総会は新型コロナ感染症の拡大防止の観点から対面式で行われません。それ
に伴い、授与式も行いません。賞状及び副賞につきましては、事務局より別途お渡しさせていただきます。その際の写真等は、おってホームページ等に掲載する
ことを検討しております。
2020年度日本オセアニア学会賞選考委員会
1.
本学会賞受賞資格者は本学会会員で、対象となる著書または論文の刊行時に原則として40歳未満とする。対象となる著書または論文は1編とし、2019年1月1日から
2020年12月31日までに刊行されたものとする。なお、該当する著書または論文が複数の著者によるものの場合は、筆頭著者のものに限定する。
2. 候補者の応募は自薦あるいは本学会員からの他薦による。他薦による場合は、他薦者は被推薦者(候補者)の了解を得ていることが望ましい。
3.
自薦の場合は、選考対象となる著書または論文について、1部以上を日本オセアニア学会事務局宛に送付するものとする。送付に際し、連絡先(住所、FAX番号、E-mail
アドレス)を明記するものとする。
4.
他薦の場合は、推薦者の氏名と被推薦者(候補者)の氏名、被推薦者の連絡先(住所、FAX番号、E-mailアドレス)、および被推薦者の選考対象となる著書または論文名
を明記する。雑誌論文の場合は、雑誌名、巻号、出版年を、著書の場合は著書名(分担執筆の場合は、担当章のタイトルと著書のタイトル、編者名)、出版社、
出版年を明記する。この場合も、著書または論文をオセアニア学会事務局に送付することが望ましいが、送付されていない場合でも受理する。なお、推薦理由が
必要であると判断する場合は、200字以内の推薦文を添付してもよい。
5. 応募期間は2020年11月1日から2021年1月15日まで(必着)とする。
6.
送付先は下記とする。自薦の場合は、著書または論文を同封する必要があるので、郵便ないしは宅配便で送付することし、他薦の場合は郵便以外にE-mailでも受け付けるこ
ととする。
(日本オセアニア学会事務局)
〒565-8511 大阪府吹田市千里万博公園10-1 国立民族学博物館
丹羽典生研究室 宛て
TEL 06-6876-2151(代)FAX 06-6878-7503(代)
E-mail: secretary[アットマーク]jsos.net
7. 事務局は自薦および他薦の書類を受領してから1週間以内に、受領した旨の連絡をし、受領書類を選考委員長へ郵送する。
8. 2021年1月15日以降、選考委員会は厳格な審査を行い、その結果を本年度の本学会総会の開催前に理事会に報告する。
<注 記>
1. 応募者はPCOに論文を掲載したことがあるか、掲載したことがない場合は、受賞後数年内にPCOへ投稿することが望まれます。
2. 選考を円滑に進めるため、すでに刊行されている書籍または論文については、募集期間が始まり次第、速やかに、応募して下さるようお願いします。
3. オセアニア地域に関わるあらゆる研究分野の作品が対象となっています。
本規定は臨時総会にて審議中です。同賞の規定につきましては、臨時総会の終了後(2020年8月1日以降)に学会ホームページをご参照ください。
日本オセアニア学会会長 柄木田康之
2020年度の研究大会・総会及び地区例会につきましては、テレビ会議を利用した形での開催を検討しております。研究大会・総会は東海大学を幹事校として
黒崎岳大会員のもと、地区例会は各地区担当の理事や幹事のもと準備を進めております。詳細につきましては決まり次第、ホームページやメーリングリストにて
ご連絡いたします。
新入会員
相沢友紀(広島大学大学院国際協力研究科博士課程後期)
片岡真輝(日本貿易振興機構アジア経済研究所)
谷口ジョイ(静岡理工科大学情報学部)
所属変更
石森大知(法政大学国際文化学部)
紺屋あかり(明治学院大学国際学部)
長島怜央(平安女学院大学国際観光学部)
行木 敬(関西国際大学現代社会学部)
根岸 洋(国際教養大学国際教養学部)
橋爪太作(早稲田大学人間科学学術院)
藤枝絢子(京都精華大学人文学部)
*新入会員の連絡先についてはsecretary[アットマーク]jsos.netにご連絡下さい。問題なければ紹介いたします。
*ご所属やメールアドレス変更、退会希望の場合は、secretary[アットマーク]jsos.netにご連絡下さい。
日本オセアニア学会ニューズレターでは、論文・報告・新刊紹介の寄稿を随時受け付けております。
- 寄稿資格:日本オセアニア学会員に限ります。
- 寄稿枚数:
- 論文:400字詰め原稿用紙30枚程度(注釈、図表、写真、参照文献リスト等を含む)
- 報告:400字詰め原稿用紙10枚程度(注釈、図表、写真、参照文献リスト等を含む)
- 新刊紹介:400字詰め原稿用紙5枚程度
その他、寄稿に関わるご相談は、下記までお問い合せください。
寄稿先/お問い合わせ先
編集委員 馬場 淳(理事)junbaba[アットマーク]wako.ac.jp
関東地区研究例会幹事 里見龍樹
2019年度の関東地区例会を、以下の通り東京医科大学にて開催した。
【日時】2020年1月5日(日) 14:00~17:30
【場所】東京医科大学西新宿キャンパス
【発表者】橋爪太作会員(東京大学)、佐本英規会員(広島大学)
【コメンテーター】浅井優一会員(東京農工大学)、里見龍樹会員(早稲田大学)
【プログラム】
14:00~14:50 第1発表 橋爪太作会員
「土地と自己をめぐるコスモポリティクス:ソロモン諸島マライタ島北部における木材伐採の現場から」
14:50~15:20 コメンテーター2人によるコメント
15:20~15:40 質疑応答
15:50~16:40 第2発表 佐本英規会員
「歓待としての共住:ソロモン諸島マライタ島南部におけるポスト・マーシナ・ルール時代の集落をめぐって」
16:40~17:10 コメンテーター2人によるコメント
17:10~17:30 質疑応答
本年度の関東地区例会は、いずれもソロモン諸島マライタ島を調査地とする若手会員2名を発表者に迎えて開催した。
橋爪太作会員は、マライタ島北部のファタレカ地域から、商業的森林伐採によって内陸部の土地が新たに居住可能な空間として開かれる中で、土地所有関係や
集団的アイデンティティの再定義がなされている状況を報告した。橋爪会員の報告はまた、しばしば「存在論的転回」と呼ばれる、「自然/文化」の境界をめぐ
る近年の人類学的議論に対して民族誌的な応答を試みるものでもあった。
また佐本英規会員は、20世紀の歴史的展開の中で複数の親族集団が混在することになったマライタ島南部アレアレの集落における共住の様態とそこにともなう
社会的緊張について考察した。この報告は同時に、メラネシア社会における来訪者や他者性の主題について問題提起するものでもあった。
発表を受け、合計23名の参加者によって活発な討論が繰り広げられ、例会は盛況のうちに終わった。
関西地区研究例会幹事 深川宏樹
2019年度の関西地区研究例会を、以下のとおり京都大学にて開催した。
【日時】2020年1月11日(土)
【会場】京都大学 吉田南キャンパス 総合人間学部棟 1207教室
【プログラム】
14:30~15:00 発表者:前川真裕子(京都産業大学)
「土着の自然に関わること、植民地主義を考えること:ヨーロッパ系オーストラリア人たちの事例から」
15:00~15:15 コメンテーター:風間計博(京都大学)
15:15~16:00 全体での討論
16:15~17:15 発表者:深川宏樹(兵庫県立大学)
「死に至る言葉――ニューギニア高地の伝記的な生における諸物の因果と「言語身体」」
17:15~17:30 コメンテーター:藤井真一
(日本学術振興会特別研究員PD/国立民族学博物館)
17:30~18:15 全体での討論
本年度の関西地区例会は、個人発表2名、それにたいするコメンテーター2名で開催した。前川真裕子会員の個人発表では、現在のオーストラリアで、ヨー
ロッパ系オーストラリア人が「ネイティブ・プランツ」と呼称する植物を養苗・栽培する実践について説明がなされたうえで、いわゆる移民国家において、マ
ジョリティにあたるホワイト・オーストラリアンがいかに国土の「土着の自然」との関係を結び直し、自らのナショナル・アイデンティティを(再)構築しよう
と試みているかが論じられた。前川会員の発表にたいして風間計博氏からのコメントがなされ、引き続き全体での討論がおこなわれた。つぎに深川宏樹会員の個
人発表では、パプアニューギニア高地において血縁者を死に至らしめるとされる、「死に際の言葉」の呪詛の事例が取り上げられ、人類学のサブスタンス研究の
理論枠組みを援用しながら、「言葉の物質性」という主題についてとりわけ在地の人間観・身体観との関連から議論がなされたうえで、ニューギニア高地の呪詛
の言葉をその身体的効果と諸個人の「伝記的な生」から捉える分析視角から、高地民たちが展開する社会生活と身体と言語の関係について民族誌的に考察され
た。深川会員の発表にたいして藤井真一氏からのコメントがなされ、引き続き全体での討論がおこなわれた。合計12名の参加者のもと、本例会は盛会のうちに
終わった。
日本オセアニア学会会長
柄木田康之
標記のことについて、2月25日付けで内閣に設置されている新型コロナウイルス感染症対策本部から、新型コロナウイルス感染症対策の基本方針が公表されま
した。それを受け、日本オセアニア学会理事会においては、研究大会事務局とも協議の上、感染拡大防止の観点から、第37回研究大会・総会は中止とする方針
を決定いたしました。
なお、総会に関しましては、時期を見て臨時総会の形で開催することを検討しております。詳細が決まりましたら、おってご連絡させていただきます。
日本オセアニア学会ニューズレターでは、論文・報告・新刊紹介の寄稿を随時受け付けております。
- 寄稿資格:日本オセアニア学会員に限ります。
- 寄稿枚数:
- 論文:400字詰め原稿用紙30枚程度(注釈、図表、写真、参照文献リスト等を含む)
- 報告:400字詰め原稿用紙10枚程度(注釈、図表、写真、参照文献リスト等を含む)
- 新刊紹介:400字詰め原稿用紙5枚程度
その他、寄稿に関わるご相談は、下記までお問い合せください。
寄稿先/お問い合わせ先
編集委員 馬場 淳(理事)junbaba[アットマーク]wako.ac.jp
以下の「第37回日本オセアニア学会研究大会・総会のお知らせ」はNo.125発行時点のものであり、2020/2/27にお知らせしたように中止の判 断がなされました。(2020/3/5追記)
第37回研究大会・総会事務局 深田淳太郎
第37回日本オセアニア学会研究大会・総会を下記の要領で開催いたします。会員の皆様の多数のご参加をお待ちしております。参加および発表エントリーにつ
きましては、学会ホームページの参加申し込みフォーム(https://meeting.jsos.net/apply.html)をご利用の上、
2020年 1月31日(金)までにお知らせください。
◆日時
2020 年 3 月 18日(水)14:00 〜 19日(木)12:00 (予定)
(理事会 18日(水)11:00〜12:00、評議員会 18日(水)12:00〜13:00)
*一般参加者の方は 18日(水)12:30 より受付を開始いたします。
◆会場
鳥羽温泉郷 戸田屋
〒517-0011 三重県鳥羽市鳥羽1丁目24-26
TEL:0599-25-2500(代表)
Website: https://www.todaya.co.jp/
◆交通
◇自動車でお越しの場合(ホテルに無料駐車場があります)
伊勢自動車道「伊勢IC」から、伊勢二見鳥羽ライン(無料)を経て鳥羽市街
◇電車でお越しの場合
名古屋から鳥羽駅まで近鉄特急で約90分、JR快速みえで約100分
大阪から鳥羽駅まで近鉄特急で約120分
京都から鳥羽駅まで近鉄特急で約140分
鳥羽駅から会場までは徒歩3分
詳細はホテルウェブサイトよりご確認ください(https://www.todaya.co.jp/access/)
◆大会参加費
◇有給者(定年等の退職者及び学術振興会特別研究員等も含む)
19,000円(参加費・懇親会費・宿泊費込)
◇無給者(大学院生、学生等)
12,000 円(参加費・懇親会費・宿泊費込)
・大会のみ参加の場合の参加費は有給者6,000円、無給者4,000円となります。懇親会参加費や宿泊費は含まれません。
・大会参加費は当日に会場受付で徴収いたします。
・領収書を大会参加費と宿泊費と分けて発行する必要がある方は、その旨を参加申込フォームでお知らせください。
・申込期限を過ぎた場合、宿の手配ができない可能性があること、また、直前のキャンセルはキャンセル料を徴収することを予めご了承ください。
・宿泊は和室を複数人で相部屋使用していただく予定です。
◆参加・発表申し込み
研究大会に参加される方は、出張依頼書の有無、研究発表の可否、発表される場合には「発表題目」と「使用機器」について参加申込フォームにご記入くださ
い。また、フォームをご利用いただけない場合は、ご氏名と連絡先を明記の上、メールで必要事項を大会・総会事務局にお知らせください。発表時間は演題数に
もよりますが、質疑応答を入れて 20〜25 分程度を予定しています。
第37回研究大会・総会事務局
三重大学人文学部 深田淳太郎
〒514-8507 三重県津市栗真町屋町1577
2019年度日本オセアニア学会賞選考委員会
(日本オセアニア学会事務局)
〒565-8511 大阪府吹田市千里万博公園10-1 国立民族学博物館
丹羽典生研究室 宛て
TEL 06-6876-2151(代)FAX 06-6878-7503(代)
E-mail: secretary[アットマーク]jsos.net
日本オセアニア学会賞規定
- 第1条(目的)
- 日本オセアニア学会はオセアニア地域における人間、文化、社会、環境などの研究の振興を目的とし、「日本オセアニア学会賞」を制定する。
- 第2条(資格)
- 日本オセアニア学会員であること。
- 第3条(対象)
- オセアニア地域研究に関し、前年度及び前々年度において最も優秀な著書又は論文を公にした個人。但し、刊行時において原則として満40歳未満 の者とする。
- 2 賞の授与は各年度1名とする。
- 第4条(選出方法)
- 賞の選考は理事会が委嘱した5名の日本オセアニア学会賞選考委員が行う。
- 2 以上の選考結果に基づき理事会が受賞者を決定する。
- 第5条(賞の授与)
- 賞の授与は日本オセアニア学会総会で行う。
- 第6条(賞状・報奨金)
- 受賞者には賞状ならびに日本オセアニア交流協会(学校法人園田学園)基金より副賞を贈呈する。
- 附則
- この規定は平成13年4月1日より施行する。
関東地区研究例会幹事 里見龍樹
今年度の関東地区研究例会では、ソロモン諸島マライタ島を調査地とする若手研究者、橋爪太作会員と佐本英規会員をお迎えし、お二人のご研究の最新の展開に
ついてお話しいただきます。
下記の日程で開催いたしますので、万障お繰り合わせの上、ご参集くださいますようお願い申し上げます。
日時:2020年1月5日(日) 14:00~17:30
場所:東京医科大学西新宿キャンパス(東京医科大学病院と同じ敷地)
教育研究棟(自主自学館)3F会議室B
最寄り駅:東京メトロ丸ノ内線「西新宿駅」より徒歩3分
発表者:橋爪太作会員(東京大学)、佐本英規会員(広島大学)
コメンテーター:浅井優一会員(東京農工大学)、里見龍樹会員(早稲田大学)
プログラム
14:00~14:50 第1発表 橋爪太作会員
「土地と自己をめぐるコスモポリティクス:ソロモン諸島マライタ島北部における木材伐採の現場から」(仮題)
14:50~15:20 コメンテーター2人によるコメント
15:20~15:40 質疑応答
休憩(10分)
15:50~16:40 第2発表 佐本英規会員
「歓待としての共住:ソロモン諸島マライタ島南部におけるポスト・マーシナ・ルール時代の集落をめぐって」(仮題)
16:40~17:10 コメンテーター2人によるコメント
17:10~17:30 質疑応答
※例会終了後、懇親会を行います。
問い合わせ先:里見龍樹
関西地区研究例会幹事 深川宏樹
2019年度の関西地区例会を以下のとおり開催いたします。
どうぞみなさまお誘い合わせのうえ、ご参加いただけますようよろしくお願いいたします。
◆日時:2020年1月11日(土)14:00~18:15
◆会場:京都大学 吉田南キャンパス 総合人間学部棟 1207教室
◆プログラム
【発表1】
14:00~15:00 発表者:前川真裕子(京都産業大学)
「土着の自然に関わること、植民地主義を考えること―ヨーロッパ系オーストラリア人たちの事例から(仮)」
15:00~15:15 コメンテーター:風間計博(京都大学)
15:15~16:00 全体での討論
【発表2】
16:15~17:15 発表者:深川宏樹(兵庫県立大学)
「死に至る言葉―ニューギニア高地の伝記的な生における諸物の因果と「言語身体」」
17:15~17:30 コメンテーター:藤井真一
(日本学術振興会特別研究員PD/国立民族学博物館)
17:30~18:15 全体での討論
◆研究会終了後、懇親会を開催します。こちらもぜひご参加ください。
◆問い合わせ先:深川宏樹
McGuire, Kelly R., Hildebrandt, William R., Young, D. Craig, Colligan, Kaely, Harold, Laura, At the vanishing point : environment and prehistoric land use in the Black Rock Desert. (Anthropological papers of the American Museum of Natural History, no.103)
日本オセアニア学会ニューズレターでは、論文・報告・新刊紹介の寄稿を随時受け付けております。
- 寄稿資格:日本オセアニア学会員に限ります。
- 寄稿枚数:
- 論文:400字詰め原稿用紙30枚程度(注釈、図表、写真、参照文献リスト等を含む)
- 報告:400字詰め原稿用紙10枚程度(注釈、図表、写真、参照文献リスト等を含む)
- 新刊紹介:400字詰め原稿用紙5枚程度
その他、寄稿に関わるご相談は、下記までお問い合せください。
寄稿先/お問い合わせ先
編集委員 馬場 淳(理事)junbaba[アットマーク]wako.ac.jp
2019 年 3 月 25 日(月)、第 36 回日本オセアニア学会会場(首都大学東京南大沢キャンパス)において、同学会総会が開催されました。議事は、以下の通りです。
こちらをご覧ください。
2019年度日本オセアニア学会賞選考委員会
(日本オセアニア学会事務局)
〒565-8511 大阪府吹田市千里万博公園10-1 国立民族学博物館
丹羽典生研究室 宛て
TEL 06-6876-2151(代)FAX 06-6878-7503(代)
E-mail: secretary[アットマーク]jsos.net
日本オセアニア学会賞規定
- 第1条(目的)
- 日本オセアニア学会はオセアニア地域における人間、文化、社会、環境などの研究の振興を目的とし、「日本オセアニア学会賞」を制定する。
- 第2条(資格)
- 日本オセアニア学会員であること。
- 第3条(対象)
- オセアニア地域研究に関し、前年度及び前々年度において最も優秀な著書又は論文を公にした個人。但し、刊行時において原則として満40歳未満 の者とする。
- 2 賞の授与は各年度1名とする。
- 第4条(選出方法)
- 賞の選考は理事会が委嘱した5名の日本オセアニア学会賞選考委員が行う。
- 2 以上の選考結果に基づき理事会が受賞者を決定する。
- 第5条(賞の授与)
- 賞の授与は日本オセアニア学会総会で行う。
- 第6条(賞状・報奨金)
- 受賞者には賞状ならびに日本オセアニア交流協会(学校法人園田学園)基金より副賞を贈呈する。
- 附則
- この規定は平成13年4月1日より施行する。
日本オセアニア学会ニューズレターでは、論文・報告・新刊紹介の寄稿を随時受け付けております。
- 寄稿資格:日本オセアニア学会員に限ります。
- 寄稿枚数:
- 論文:400字詰め原稿用紙30枚程度(注釈、図表、写真、参照文献リスト等を含む)
- 報告:400字詰め原稿用紙10枚程度(注釈、図表、写真、参照文献リスト等を含む)
- 新刊紹介:400字詰め原稿用紙5枚程度
その他、寄稿に関わるご相談は、下記までお問い合せください。
寄稿先/お問い合わせ先
編集委員 馬場 淳(理事)junbaba[アットマーク]wako.ac.jp
Copyright (C) 1998-2021. 日本オセアニア学会